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総合

東海道五十三対 沼津


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一雄斎国輝画

【翻刻】

水にせぬふかき 恩義もふみこんた

沼津にあしの ぬけぬ旅人 梅屋


絵師:国芳

落款印章:一勇斎国芳画(芳桐印)


【題材】伊賀越道中双六 沼津の段

人物は左から呉服屋十兵衛(重兵衛とも)、平作、お米。

【あらすじ】

和田行家の子志津馬は沢井股五郎にそそのかされて吉原の遊女瀬川(お米)と馴染みになり、失態を演じる。股五郎は和田家の家宝名刀正宗を奪おうと行家を殺し、従弟の沢井城五郎にかくまわれる。城五郎は出入りの呉服屋十兵衛に股五郎が相良へ逃亡する手助けを頼む。一方、志津馬の姉お谷と親に許されぬまま結婚していた唐木政右衛門は、勘当されていたお谷を離縁し、お谷の妹おのちと結婚することによって助太刀の大義名分を得る。志津馬は股五郎の許嫁お袖と親しくなり、股五郎であると偽ってお袖の父山田幸兵衛に保護される。幸兵衛は幼いころ世話をした庄太郎と出会い、それが政右衛門であると知らないために股五郎の後ろ盾となるように頼み、政右衛門は仕方なく引き受ける。お谷が赤ん坊を連れて現れて赤ん坊が人質としてとられそうになり、政右衛門は我が子を殺す。庄太郎の正体に気づいた幸兵衛はその志に感じ入り、股五郎の行く先を教える。十兵衛は志津馬にわざと切られ、妹のことを頼んで死ぬ。伊賀上野にて敵討ちは成就する。

・沼津の段  旅の途中沼津に通りかかった十兵衛は、荷物持ちをさせてくれと言ってきた平作を雇う。平作が木の根につまづいて怪我をした際に十兵衛は薬をつけてやり、荷物も自分で持って話し相手となりながら進む。そこへ、亡母へ手向ける菊を持った平作の娘お米が登場し、これに一目ぼれした十兵衛はお米の勧めによって平作の家に泊まることになる。十兵衛の薬のことを聞いたお米は、夜ふたりが寝たあと、怪我をしている志津馬のために薬を盗み出そうとするが失敗する。そのときに十兵衛は平作が実の父でありお米が妹であることに気づき出立するが、印籠を忘れたために、平作とお米も十兵衛が息子であり兄であること、また敵の沢井股五郎に縁のあるものであると気づく。平作は十兵衛を追いかけ、敵方にいる十兵衛の面目が立つように自害し、股五郎の行方を聞きだす。お米が影で聞いているのを知りながら、十兵衛は股五郎の居場所を語る。

【道中双六】

絵双六の一種。東海道五十三次の宿場を渦巻状に描き、下端品川から上がりの中央京都まで(またはその逆)達する早さを競う。劇をそのような双六に見立て、鎌倉から始まり政右衛門のいる大和郡山、いったん東へ戻って沼津、藤川、岡崎、伏見と東海道を西へと進み、伊賀上野にて終わりとなっている。

【和歌】

水にせぬ →水にする:無駄にする。無にする。(『日本国語大辞典』)

それぞれの恩義や義理のために悲劇的な幕切れとなる「沼津」の沼の字に「あしのぬけぬ」ということばをかけて、不思議な縁によって敵方となった父と妹と出会った十兵衛を表している。恩義は股五郎への恩義である。金に困ったお米が薬を盗もうとしたので、十兵衛は恩を受けた人のために石塔をひとつ寄進したいと平作に申し出て、本心を打ち明けずに金を与える。恩を受けた人というのが股五郎を指すなら、十兵衛は股五郎への恩にかこつけて肉親への情を示すことになる。股五郎へ深い恩義を感じたまま実の家族に肩入れをして血縁であることを知られてしまい、切っても切れない縁を結んでしまったのである。


【笠】

和歌の部分に描かれている笠は十兵衛のもの。急ぎの用事を果たすために前の宿場まで戻っていった従者の安兵衛への目印に掛けてある。終盤平作の最期、雨が降るため十兵衛は平作の上にかざす。平作が息絶えた後は笠を掲げて顔を覆う。


【考察】

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道祖神

あの世との境界、兄妹相姦などの説話から、平作の死と十兵衛がお米に一目ぼれをしたこととの関連が考えられる。また、劇中、平作が十兵衛に股五郎の行方を聞き出そうとする場面に、「血筋と義理と道分石」という語りが入る。道分石とは分岐点などに立て道しるべとした石のことであり、国芳はそれと関連付けて道祖神を描いたものと思われる。それによって、血筋か義理かをせまられた十兵衛の心理を強調させる効果が生まれる。

国芳の描いた沼津と国輝の描いたものはおおよその雰囲気は似通っているものの三人の位置関係や背景などが異なる。お米を中心にすえた場合、十兵衛の一目ぼれと平作とお米の親子である関係が強く表れる。一方国芳は平作を真ん中にすることによって、子ふたりへのそれぞれへの平作の感情を表現しているようにみえる。それは平作死に際の語り「子故の闇も二道に分けて命を塵芥」の部分である。ふたりの子が敵同士となってしまったために、敵の在り処を聞いても聞かなくてもどちらかの義理が立たない。居場所を聞き出してお米の志津馬への義理が立たせ、ただ教えたとあっては立たない十兵衛の股五郎への義理を立たせるために、平作は自分の命を塵芥のように捨てるのである。よって、国芳画の沼津は平作の義理堅く愛情深い性格を見事に表現していると考えられる。



参考文献

・景山正隆『妹背山婦女庭訓 伊賀越道中双六』歌舞伎オン・ステージ2 (白水社1995年)

・祐田義雄『文楽浄瑠璃集』日本古典文学大系99 (岩波書店1965年)

・『近松半二江戸作者浄瑠璃集』新日本古典文学大系94 (岩波書店1996年)

・『日本古典文学大辞典』 (岩波書店)

・『日本民俗大辞典』 (吉川弘文館)