鉄道の歌アメリカには驚くほどたくさんの鉄道民謡(レイルロード・ソング)があります。あの広大な領土が鉄道で結ばれ、人や物資の移動が可能になるのは驚異的なことでした。しかも内陸部はほとんどが(先住民以外の人からすれば)未踏の荒野です。幌馬車で大陸を横断するのは、命がけの決断だったのです。自分の住む村や町を大自然がとりまいています。この果てしなく恐怖に満ちた厚い壁の向こうに、光り輝くカリフォルニアや豊かで陽気な大都会があるのでした。鉄道が、壁を破ったのです。想像できますよね、人々がどんなに興奮したか。こんな歌詞が残っています。「あの偉大なパシフィック鉄道、カリフォルニアへ走るよ。鉄路の上を機関車が走るよ。蒸気を噴いてうねる平原を抜け、汽車が来た!歌いながら、ニューメキシコを通過するよ!*1」 しかし鉄道が日常生活の一部となる頃には、人々はその弊害に苦しむようになりました。大資本と化した鉄道会社は、国家権力や金融業者と手を結んで暴利をむさぼり、小規模農民(当時、ほとんどのアメリカ人がそうでした)を苦しめます。その結果生まれたのが、列車強盗や銀行強盗といった悪漢ヒーローたちです。もっともよく知られたジェシー・ジェイムズ*音楽1は、列車を襲撃する一方で貧しく弱い人々にはこの上なく寛容だったとされます。歌の中では、妻とも仲がよくて三人の息子はみな勇敢という、理想的な家庭のパパでした(音楽:"Jesse James" When I Was A Cowboy, Vol 2(音楽1) より)。仲間の裏切りで殺されてしまいましたが、警察や私立探偵などには決して捕まらなかった義賊です。歌の中で、鉄道は銀行などと一緒に民衆を苦しめるものとして敵側へ行き、ジェシーは憎い者を痛めつける空想上の味方となったのでした。 初期の鉄道はよく事故を起こしました。脱線や転覆はもちろんのこと、橋が突然崩れてしまうこともありました。人々は命のはかなさを認識しました。当然、事故をセンチメンタルに歌った曲は少なくありません。「ロイヤルパーム事故」*2はその一つです。クリスマス前夜におこったこの惨事は人々の感傷を刺激しました。歌詞によれば、外は大雨で、車内はクリスマスで帰省する陽気な人々でいっぱいだったといいます。列車はカーブにさしかかったとき、衝突しました。歌の作者は、何の予告も受けずに多くの人が突然死んでしまったことを歌ってから、教訓を付け加えています。私たちは人生という鉄路の上を走っているのだから、ちゃんと使命を果たして生きていきましょうと。 鉄道の歌には、建設にあたった工夫の労働歌もあります。その中でもっとも充実しているのは、アフリカ系アメリカ人工夫の歌です。「このハンマーをとって 監督に渡してくれ 俺はもういないと言ってくれ 俺はもういないと言ってくれ*音楽2」 (音楽:"Take This Hammer" California Bluesより)と、苛酷な仕事を拒否するこの歌が、ハンマー打ちの作業のリズムをとるため現場で歌われていたのは皮肉なことです。ジョン・ヘンリー*5という架空の黒人ヒーローは、アメリカ人なら誰でも知っている鉄道工夫です。彼は怪力でとびきり優秀なハンマー打ちでした。やがて蒸気ドリルが開発され工夫の仕事を取りそうになったとき、ジョンは蒸気ドリルと岩に穴をあける競争をするのです。壮絶な競争の末にジョンは機械に勝つのですが、ハンマーをにぎったまま疲労困憊して死んでしまいます。苛酷な労働に殺されたとも、機械文明に殺されたともいえるこのヒーローは、アフリカ系アメリカ人の労働歌によくあらわれます。「ジョン・ヘンリーは最強のたがね打ち でも倒れた でも倒れた 俺の行方も同じ」「神よ 神よ なぜ蒸気ドリルを送ったのです そのおかげで監督は俺を働きづめにする 俺は牛のように仕事に追い立てられているのです」というように(音楽3:"John Henry" Sonny Terry And His Mouth-Harp より)。 |
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*1“The Railroad Cars Are Coming,” Norm Cohen, Long Steel Rail: The Railroad in American Folksong (1981). *2“The Wreck of the Royal Palm,” Archie Green, ed. Railroad Songs and Ballads from the Archive of Folk Song (1968) AFS L 61. |