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イギリス系アメリカ民謡(1)

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アフリカ系アメリカ民謡(1)

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ハワイ日系人の民謡

アフリカ系アメリカ民謡(3)
黒人霊歌 African-American spiritual

黒人霊歌も、その起源を奴隷制時代にたどる事ができる。 黒人霊歌は、ゴスペル音楽と並んで、アメリカの黒人が独自に生み出した自分達のための宗教音楽である。その宗教とはキリスト教であるが、奴隷はもちろん、もともとキリスト教徒ではなかった。
キリスト教は、奴隷の雇い主が奴隷に強制的に押し付けたものだった。アフリカの土着宗教を原始的かつ脅威とみなしていた奴隷の雇い主たちは、キリスト教により、奴隷を精神的にも肉体的にも支配下におくことができると考えた。 しかし、奴隷達は白人から与えられたキリスト教をそのままそっくり受け入れることはできなかった。彼らは、彼らが身に付けていたアフリカ宗教、あるいはアフリカ文化というフィルターを通して、キリスト教を解釈しなおしたのだった。そうすることによって、キリスト教ははじめて彼らにとって本当の意味を持つものとなり、浸透していったのだった。
このキリスト教の再解釈の過程で非常に重要な役割を果したのが、黒人宗教歌の発展だった。 その最初のものが、黒人霊歌である。黒人霊歌は、英語ではフォーク・スピリチュアル、とフォーク(folk)という言葉を冠して使われることが多い(20世紀以降合唱用に編曲された霊歌は、arranged spiritualと呼ばれ、folk spiritual とは区別される)。つまり、これは宗教音楽といっても民俗音楽であり、正式な礼拝で使われるものではない。非公式な宗教的な集まり、あるいは労働の場などで歌われてきたものである。 奴隷制時代には、奴隷達が独自に宗教活動を行えるよう、プレイズ・バウス(Praise House)といわれる小屋が建てられ、そこで黒人霊歌は歌われた。実際、宗教的な集まり以外では、奴隷は集うことが許されていなかったという。協力して脱走でも企てられては困るというわけだ。ちなみに、白人の霊歌と区別するために、黒人霊歌はニグロ・スピリチュアル(Negro spiritual)と呼ばれることもある。
黒人霊歌は、黒人労働歌と非常に音楽的に類似している。 リーダーとグループによる「呼びかけと応答」(call and response) の形式、グループによる応答部分で聞かれる個人個人のヴァリエーションなどである(音楽1:"Sheep, Sheep, Don't cha Know the Road?"  Southern Journey, Vol. 6: Sheep, Sheep, Don'tcha Know The Road? - Southern Music, Sacred And Sinful より)。労働歌においても霊歌においても、この「呼びかけと応答」の形式は、過酷な状況下にある黒人達の団結・連帯感を強めるのに大いに役立った。
音楽例の “Sheep, Sheep, Don'cha Know the Road?” に聞かれるように、黒人霊歌では、しばしば自発的に手拍子や足踏みが付け加えられる。それらは、いつともなく始まり、そしてそのリズムパターンは、即興的に変化していく。黒人音楽は、全般的に「参加型」であり、各人の参加、独創的なヴァリエーションは、常に歓迎され、また期待される。それは、音楽表現をより豊かにする重要な要素なのだ。
その即興性ゆえに、黒人霊歌は固定的な形式を持っていない。状況に応じて即興的に繰り返され、引き伸ばされ、変化が加えられていく。この柔軟な演奏形態は、現在のゴスペル音楽にも通じるものだ。
黒人霊歌に関してもう一つ重要なことは、「意味の二重構造」である。奴隷にとって宗教的な集いは、唯一仲間と集うことが許される機会だった。そこで彼らは、黒人霊歌を通してコミュニケーションを図った。奴隷主が気づかないような方法で。例えば、「ジョーダン川を渡る」という歌詞があれば、それは北へ逃れることを意味した。また「モーゼス」は、自らも奴隷であり、独立後、多くの奴隷の北部への逃走を手助けした、ハリエット・タブマン(Harriet Tubman)という女性をさしていた。このような暗号を使って、奴隷はときに北部への逃走計画を、歌を通して伝え合った。

リング・シャウト ring shout       

ここで、もう一つ違う種類の黒人霊歌、リング・シャウトを紹介したい。 これは、本来輪になって歌うタイプの、非常に熱狂的な宗教歌で、特別なステップと振りを伴う。 音楽構造は、より単純な応答形式(リーダー対クループ)からなるが、その簡潔な応答のユニットが、微妙な変化を伴いつつ、何度も何度も繰り返され、しだいに参加者の感情を高めていき、ついには宗教的な一種のトランス状態にまで導く。これは、現代の黒人教会において見られるのと同じ現象である(音楽2:"Good Lord" ウェブサイトThe Roots of Rock And Roll より;音楽3:"Rock, Daniel"  Deep River of Song: Mississippi Saints & Sinners より)。
リング・シャウトにおいても、自発的に手拍子や足踏みが加えられ、そのリズムパターンが即興的に変化していく。 自発的な参加、ヴァリエーション、そして踊りといった要素は、白人教会ではむしろご法度だが、黒人のキリスト教信仰において、これらはなくてはならないといっても過言でない重要な要素だ。 これらの、音楽的、身体的要素が、彼らを宗教的高みへと導き、それによって、彼らはキリスト教を自分の宗教として真に享受することができる。 


No.

曲名

 出典

試聴

試聴

音楽1

Alan Lomax/Southern Journey, Vol. 6: Sheep, Sheep, Don'tcha Know The Road? - Southern Music, Sacred And Sinful (amazon.co.jp)より

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音楽2

"Good Lord"

Austin Coleman, 1934 (last 2 minutes)
from The Roots of Rock'n Roll

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音楽3

"Rock, Daniel"
T-17

アルバム Alan Lomax/Deep River of Song: Mississippi Saints & Sinners (track 15)より(from Amazon.co.jp)

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