イントロダクション

イギリス系アメリカ民謡(1)

イギリス系アメリカ民謡(2)

イギリス系アメリカ民謡(3)

アフリカ系アメリカ民謡(1)

アフリカ系アメリカ民謡(2)

アフリカ系アメリカ民謡(3)

アフリカ系アメリカ民謡(4)

ハワイ日系人の民謡

アフリカ系アメリカ民謡(1)

アフリカ系アメリカ人は、16世紀から19世紀にかけてアフリカ大陸から強制的に連れてこられた奴隷を祖先としている。アメリカン・インディアンを 除くアメリカ国民の多くが、自発的に新大陸に渡ってきた移民を祖先としているのに対し、アフリカ系アメリカ人は、強制的に、いわば誘拐されてアメリカ大陸 に連れて来れれたという点で、非常に特異である。このことは、アメリカにおける彼らの文化の発展の仕方にも大きく影響を及ぼした。
奴 隷は主に西アフリカから連れてこられたが、その中には多種多様のアフリカ民族が含まれていた。 そのため、言語を始めとする文化的基盤を、必ずしも共有し ていなかった。また、労働力として売買された奴隷達は人間的な扱いを受けず、アフリカの宗教、慣習、音楽などは原始的かつ脅威とみなされ、禁じられた。ア フリカには、トーキング・ドラム(しゃべる太鼓)の伝統があり、太鼓の音で言葉の抑揚を真似ることによってコミュニケーションをとる民族があるが、これは 奴隷同士が協力して暴動を起こしたりするのに使われると危険であるとみなされ、太鼓も禁止された。
こ のような状況の中では、新大陸で民族的な結束を図り、祖国の伝統を再生し伝承することは不可能だった。 そこが、自発的にアメリカにやって来た移民たちと は大きく異なる。 そのため、アフリカ系アメリカ人の民謡においては、イギリス系アメリカ人の民謡のように、その直接の起源(例えば、同じタイトルや旋律 の歌)を彼らの祖国に見出すことできない。
では、アフリカから連れてこられた奴隷達 は、すっかりアフリカの文化を忘れ去って白人文化に同化してしまったのかというと、全くそうではなかった。彼らは、アフリカの民謡をそのまま新大陸に持ち 込むのではなく、その基盤となっている音楽的・美的感性に基づいて、それにアメリカ白人文化の要素をブレンドすることで、まったく新しい音楽文化を作り上 げたのだ。 この意味において、彼らの音楽は、全くオリジナルのアメリカ音楽といえる。
ジャ ズは唯一のアメリカ音楽だ、という人がいるが、これも同じ論理にたっている。アメリカ音楽といわれる多くのものは、根本的にヨーロッパの伝統に根ざしたも のだが、ジャズは、西洋音楽的要素をもちつつ、西洋音楽にはない独自の音楽理論・演奏形式・美的感覚を持ち合わせている。 つまりオリジナリティーのある アメリカ音楽なのだ。
 ジャズの重要な基盤の一つであるアフリカ系アメリカ民謡には、すでにその独自性を見出すことができる。 それは、アフリカ起源と思われる以下のような特徴にあらわれている。
1) シンコペーション
 歌の下敷きとなる一定の規則的なリズム(例えば2拍子の歌であれば、1、2、1、2、というリズム)から外れたところにアクセントを置いたり、本来弱拍となる部分(2拍子であれば2拍目)を強調したりすることによってリズムに変化と躍動感を持たせる。
2)リズムの重層構造
 歌い手が、歌のリズムとは異なるリズムを手拍子や足踏みで加えることによって、いくつかの異なるリズムが同時進行していく。 伴奏楽器が加われば、リズムはさらに複雑になる。
3)即興
即 興の要素は、他の民謡にも見られるが、アフリカ系アメリカ民謡においては、音楽的により重要な役割を持つ。 同じ歌でも歌い手や状況に応じて、リズム、メ ロディー、歌詞、また全体の構成などが、非常に柔軟に変化する。 「歌」は固定的なものではなく、大きな骨組みにすぎない。本当の音楽は、演奏ごとに生ま れてくるといってもいい。そして、その原動力となる即興技術は、歌い手の優劣を決定する重要な要素と考えられる。
4) 変化を伴う繰り返し
ア フリカ系アメリカ民謡は、短いフレーズ(旋律的・リズム的にまとまりのある小さな音楽的ユニット)の繰り返しによって構成されることが多い。しかし、毎 回全く同じように繰り返すのではなく、繰り返しごとに旋律やリズム、または歌詞に、何らかの変化が即興的に付け加えられていく。 また、歌に伴う手拍子や 足踏みのリズムパターンも繰り返しを通じて常に変化していく。
5)呼びかけと応答の形式(call and response)
こ れは、音楽における会話のようなもので、一人あるいは一つのグループの音楽的な呼びかけに対して、もう一人あるいはもう一つのグループが音楽的な応答をす る形式である。日本の民謡でいえば、歌い手と囃子言葉(「あ、それそれ」、「あ、どした」、などの合いの手)の関係が、それに当たる。 アフリカ系アメリ カ民謡で最も典型的なのは、リーダー(ソロ)対グループの間で行なわれる呼びかけと応答だ。しかしこの形式は、歌い手と楽器、あるいは楽器と楽器の間でも 見られる。
 これらアフリカ起源の音楽的特徴は、ア フリカ系アメリカ人の民謡に限らず、そこから発展してきた様々なジャンルの音楽 ― ジャズ、ゴスペル、リズム・アンド・ブルースなど ― においても重 要な要素である。また、黒人音楽の普及と伴に、これらのアフリカ的要素は、他のアメリカポピュラー音楽にも取り入れられ、その発展に大いに貢献してきた。