蘇東坡

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そとうば


画題

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解説

画題辞典

蘇東坂、名は軾、字は子膽、宋代の人、文學者蘇老泉の子なり、幼にして頴悟、冠するに及び博く経史に通じ、嘉裕二年礼部の試に応じて第に居り、尋いで殿試せられて乙科に中り、制策に対して三等に入る、是れ類例稀なる所なりとす、神宗帝の世、王安石と其のオ學を争ひ遂に出でて杭州に判し、続いて密州徐州の知事となる、後御史李定に讒せられ死に当す、帝即ち其のオ學を憐み之を惜しみ、黄州団練副使となす、依つて室を東坂に築き東坂居士と号す、後再び入りて礼部尚書翰林院侍讀學士となりしが、又貶せられて永州に徒され、常州に卒す、年六十六、東坂詩文章を以て一代に推され、光芒百世に雄視す、又書と画と共に之を克くして人に推さる、その作前後赤壁賦は最も人口に膾炙する所なり、東坂騎驢の図は古来画材として用いらるる所多し。

錢舜挙筆東坂騎驢図(近衛公爵旧蔵)、

趙子昴筆蘇東坂図(佐竹侯爵旧蔵)、

足利義満筆東坂騎驢図(秋元子爵旧蔵)、

伝周文筆東坂図(井上侯爵所蔵)、

狩野元信筆左右狗児三幅対(鴻池男爵所蔵)、

狩野探幽筆左右蝦蟇鉄拐中蘇東坂三幅対(久邇の宮家御蔵)、

渡辺崋山筆東坂図(宮本仲氏所蔵)

尚ほ赤壁前赤壁後赤壁東坂解帯金山寺東坂戴笠承天夜遊、等の各条参照すべし。

(『画題辞典』斎藤隆三)

東洋画題綜覧

支那宋代の高士にして大詩人、文章を善くして彼の有名な前後赤壁の賦の作者である、また一方博く経明に通じ、書画ともに秀で、その作燦として百世に輝く、その東坡騎驢の図は道釈人物画の好画題として、画かるゝもの枚挙に遑もない。その伝を記す。

蘇軾字子瞻、嘉祐二年欧陽修考試礼部進士、梅尭臣得軾論刑賞以示修、修驚喜欲以冠多士、疑門生曽鞏為乃寘第二、修謂尭臣曰、老夫当辟此人放出一頭地、安石用事、上欲用軾修中書条例、安石曰、軾与臣所学皆異、別試以事、可也、乃寘軾官告院、四年安石欲変更科挙、使両制三館議之、上得蘇軾議乃止、即日召見問政、軾曰云々、安石愈恨、軾乃乞外通判杭州、自杭徒密軾既補之見事有不便者頗託事以諷、言事者擿其語以為謗、遂以黄州団練副使安置、軾幅巾芒屩、与田夫野老時々相従、築室東坡自号東坡居士、神宗手札移軾汝州、軾未至汝上書自言、有田在常願得移居、奏入報可、哲宗即位召為礼部郎中、元祐二年遷中書舎人尋除翰林学士、二年復除侍読、建中靖国元年六月病不起卒、葬于汝州郟城県高宗即位贈資政殿学士。

東坡行年六十六、その歿年靖国元年は我が堀河天皇の康和三年である。その逸事中、東坡外に雨に逢ひ、箬笠と木履を借り、平然として闊歩したことなど、よく画かる。

蘇東坡を画いた作の中、主なものを列挙する。

銭舜挙筆  『東坡騎驢』    近衛公爵家旧蔵

趙子昂筆  『東坡借箬笠』   佐竹侯爵家旧蔵

雪村筆   『東坡騎驢』    松本双軒庵旧蔵

竹田筆   『東坡除神歓語』  同

狩野尚信筆 東坡飛泉三幅対   藤田男爵家旧蔵

松花堂筆  『東坡』      有賀長文氏旧蔵

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)