赤壁

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せきへき


画題

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解説

画題辞典

支那の地方にして同名二あり、三国の世、呉の周瑜が魏の曹操の大軍を破りたるは江夏の赤壁なり、蘇東坂が舟を泛べて景を賞し賦を作りたるは黄州の赤壁なり、多く画材となるは東坂舟遊の赤壁なり、東坂が遊に前後の二あり、詳しくは前赤壁後赤壁の条を見るべし。

(『画題辞典』斎藤隆三)

東洋画題綜覧

赤壁は支那湖北省黄岡県黄州城外にある名勝で揚子江に面し断崖絶壁が赤土色を呈してゐるので此の名がある、宋の神宗元豊五年七月既望、蘇東坡黄州にあり、船を絶壁の下に泛べてこれを賞し『前赤壁賦』をなし、更に十月望、再びこゝに遊んで『後赤壁賦』を綴つた、この前後赤壁賦は収めて『古文真宝』にある。

     前赤壁賦     蘇東坡

壬戌之秋、七月既望蘇子与客泛舟遊於赤壁之下、清風徐来、水波不興、挙酒属客誦明月之詩、歌窈窕之章、少焉月出於東山之上、徘徊於斗牛之間、白露横江水光接天、縦一葦之所如、凌万頃之茫然、浩々乎如馮虚御風而不知其所止、飄飄乎如遺世独立、羽化而登僊、於是飲酒楽甚、扣舷而歌之、歌曰、桂櫂兮蘭槳撃空明兮遡流光、渺渺兮予懐望美人兮天一方、客有吹洞簫者、倚歌而和之、其声鳴鳴然、如怨如慕如泣如訴、余音嫋嫋不絶如縷、舞幽壑之潜蛟、泣孤舟之嫠婦、蘇子愀然正襟、危坐而問客曰、何為其然也、客曰、月明星稀烏鵲南飛、此非曹孟徳之詩乎、西望夏口東望武昌、山川相繆、鬱乎蒼蒼、此非孟徳之困於周郎者乎、方其破荊州下江陵、順流而東、舳艫千里旌旗蔽空、釃酒臨江横槊賦詩、固一世之雄托也、而今安在哉、況吾与子漁樵於江渚之上、侶魚鰕而友麋鹿、駕一葉之軽舟挙匏樽以相属、寄蜉蝣於天地、渺滄海之一粟、哀吾生之須臾羨長江之無窮、挟飛僊以遨遊、抱明月而長終、知不可乎驟得訰遺響於悲風、蘇子曰、客亦知夫水与月乎、逝者如斯而未嘗往也、盈虚者如此而卒莫消長也、蓋将自其変者而観之、則天地曽不能以一瞬、自其不変化者而観之、則物与吾皆無尽也、而又何羨乎、且夫天地之間、物各有主、苟非吾之所有、雖一毫而莫取、惟江上之清風、与山間之明月、耳得之而為声、目遇之而成色、取之無禁、用之不竭、是造物者之無尽蔵也、而吾与子之所共適、客喜而笑、洗盞更酌、肴核既尽杯盤狼籍、相与枕藉乎舟中、不知東方既白。

     後赤壁賦

是歳十月之望歩自雪堂、将帰于臨皐、二客従予過黄泥之坂、霜露既降、木葉尽脱、人影在地、仰見明月、顧而楽之、行歌相答、已而歎曰、有客無酒、有酒無肴、月白風清如此良夜何、客曰、今者薄暮、挙網得魚、巨口細鱗、状如松江之鱸、顧安所得酒乎、帰而謀諸婦、婦曰、我有斗酒、蔵之久矣、以待子不時之需、於是携酒与魚復遊於赤壁之下、江流有声、断岸千尺、山高月小、水落石出、曽日月之幾何、而江山不可復識矣、予乃摂衣而上履巉巌、披蒙茸、踞虎豹登虯竜、攀棲鶻之危巣、俯馮夷之幽宮、蓋二客之不能従焉、劃然長嘯、草木震動、山鳴谷応、風起水涌、予亦悄然而悲、粛然而恐、凜乎其不可留也、反而登舟、放乎中流聴其所止而休焉、時夜将半、四顧寂寥、適有孤鶴横江東来、翅如車輪玄裳縞衣、戛然長鳴、掠予舟、而西也、須臾客去、予亦就睡、夢一道士羽衣翩躚、過臨皐之下、揖予而言曰、赤壁之遊楽乎、問其姓名俛而不答、嗚呼嘻噫我知之矣、疇昔之夜飛嗚而過我者、非子也耶、道士顧笑、予亦驚悟、開戸視之、不見其処。

前後赤壁を画いた名作左の通りである。

管夫人筆    近衛公爵家蔵

筆者不明    京都妙心寺蔵

彭城百川筆   伊藤公爵家蔵

谷文晁筆    根津藤太郎氏蔵

田崎草雲筆   初谷嘉一郎氏蔵

田能村直入筆  藤田男爵家旧蔵

塩川文麟筆   但村松之助氏蔵

立原杏所筆   太田某氏蔵

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)