突然屋敷を訪れてきた頼光らをもてなすため、酒呑童子が酒宴を開いている。眷属の鬼たちや、都からさらわれてきた姫君たちもいる中で、中央では頼光が舞いを披露している。黒髪の間から角を覗かせつつもまだ人間の姿をしている酒呑童子が手にしている酒は、季武が筒から注いでいる神便鬼毒酒である。神便鬼毒酒は、山入りの途中、三人の老翁(頼光等の守護神の化身)から授かった鬼には毒となって酔わせるが、人間には薬となる(A2)。
酒呑童子伝説には数多くの伝本が存在するが、その中でも必ず描かれる場面がこの酒呑童子と頼光たちの酒宴である。この酒宴が物語の中において重要視される理由は、酒呑童子らに神便鬼毒酒を飲ませた時点で頼光らが戦いの主導権を握ることに成功しているという点にある。この酒さえ飲ませれば、酒呑童子らの体に毒が回るまで待ち、あとは弱ったところにトドメをさすだけでよい。酒呑童子という強大な敵に立ち向かうために神々から授けられた重要な武器であった。
酒呑童子伝説のほかにも八岐大蛇退治譚や天狗など、酒と異界のものが関わる伝説は数多く存在する。酒は人間と異界のものとをつなぐ一手段であったのだろう(E0-1)。(小).
[参考文献】
辻田豪史「「毒酒」の意義―酒呑童子と頼光の酒宴において―」(早稲田大学教育学研究科紀要(10),pp.39-47,1999)
小峯和明「<神便鬼毒酒>を飲む」(季刊文学増刊『酒と日本文化』,pp.51-56,1997)
小野寺節子「酒と昔話・民謡」(『シリーズ酒の文化第1巻 日本の酒の文化』,pp.159-161,1996)
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