F2-4 変容していく「黒塚」.

『おそろしきもの師走の月/安達原氷之姿見』

編著者:山東京伝 版型:合巻
出版:文化10年(1813)
所蔵:立命館ARC  所蔵番号:hayBK03-0385-02.

【解説】
 『黒塚』は、宝暦12年(1762)9月には近松半二による浄瑠璃「「奥州安達原」と勾欄にかかり、翌宝暦13年(1763)2月には、早くも歌舞伎作品として上演された。
 本作品は、この初演より、約50年後の文化10年(1813)に刊行された、山東京伝作、歌川豊国画の『安達原氷之姿見』である。内容は歌舞伎を踏襲しつつも大きく変わっている。掲載した図は、原作の「奥州安達原」4段目、謡曲「黒塚」を典拠とした一つ家の場面であり、鬼女岩手が実の娘である恋絹をそうとも知らず殺害しているところである。

 「奥州安達原」は奥州安倍家と源義家の対立を軸とした五段構成の作品であり、本来「黒塚」で描かれていた狂気と正気、今と過去に引き裂かれた「女」には、復讐を望む狂気の老婆「岩手」と名が当てられ、そもそもが登場時から人との境を完全に超えた狂人として登場している。そのため、本来の「黒塚」が持つ境界を往き来する、詩情は掠れてしまっている。
 しかし、一方で、近世期に描かれたこれらの作品を通し、「妊婦の腹裂き」といったような残虐性、嗜虐性の強い「黒塚伝説」のイメージは醸造され、こうした残酷絵が描かれることになり、現在我々が知る「黒塚伝説」の一端を担うことになる。こうして、過去に捕らわれ、羞恥が為に境界を越えた女の像は歪みつつも今に伝わっているのである。(柴).