「奥州安達原」は奥州安倍家と源義家の対立を軸とした五段構成の作品であり、本来「黒塚」で描かれていた狂気と正気、今と過去に引き裂かれた「女」には、復讐を望む狂気の老婆「岩手」と名が当てられ、そもそもが登場時から人との境を完全に超えた狂人として登場している。そのため、本来の「黒塚」が持つ境界を往き来する、詩情は掠れてしまっている。
しかし、一方で、近世期に描かれたこれらの作品を通し、「妊婦の腹裂き」といったような残虐性、嗜虐性の強い「黒塚伝説」のイメージは醸造され、こうした残酷絵が描かれることになり、現在我々が知る「黒塚伝説」の一端を担うことになる。こうして、過去に捕らわれ、羞恥が為に境界を越えた女の像は歪みつつも今に伝わっているのである。(柴).
【参考文献】
服部幸雄ほか『新版歌舞伎辞典』( 平凡社,2011)
小林責ほか『能楽大辞典』( 筑摩書房,2012)
日本古典文学大辞典編集委員会『日本古典文学大辞典』(岩波書店,1987)
笹間良彦『鬼女伝説とその民俗 ―一つ家物語の世界―』(雄山閣出版,1992)
飯塚友一郎『歌舞伎細見』(第一書房,1927)
田川 邦子「鬼女の高燈籠 : 『奥州安達原』一つ家の段」(文藝論叢27,pp24-29,1991)
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