F2-1 現在と過去・人と鬼

『黒塚』

作者:不明 版型:紙本肉筆画
成立:江戸後期
所蔵:立命館ARC  所蔵番号:arcUP1513.

【解説】
 謡曲「黒塚」の前場を描く。安達原の黒塚に存在する一つ家の女として登場する。画中には糸車、枠桛輪(わくかせわ)が存在しており、これを手繰る女主人(前シテ)の独白は、この世の無常を嘆くと同時に華やかだった過去を思い返す。演者により老女であることもあるが、女であることには変わりない。この際に多く使われるのが「深井」の面であり、人生の経験を積んだ中年女の面である。これにより、女の積んだ過去の蓄積を物語り、後の般若への変貌を一つ大きく印象付けている。
 「深井」の面は、糸を繰りながら過去を語るという点で今の女の姿であり、閨に存在する酸鼻極まりない悪徳は過去の象徴としてこの段階では区別されている。この境界となるのが閨の戸である。すなわち、過去への憧憬、羞恥こそが女にとっては異界側の物であり、それこそが彼女を異界へと追いやった物なのである。
 この時点での女の性格は演者の解釈により異なり、常態の女であることもあるが、前述の老婆、もしくは鬼女の化身としての姿を取る場合もある。(柴)