F2 黒塚.

 岩代国(福島県)安達郡安達太良山麓の原野を安達原という。その阿武隈川東岸には、「黒塚」と呼ばれる岩窟があったとされ、鬼女伝説が伝わる。平兼盛の「みちのくの安達が原の黒塚に鬼こもれりといふはまことか」(『拾遺和歌集』巻九)という歌が母胎となったらしい。『拾遺集』の詞書によれば、娘の多い陸奥の源重之の噂を聞いて、戯れに詠んだものらしいが、これに鬼女の伝説が結び付いたものかという。
 謡曲『黒塚』では、熊野の山伏東光坊祐慶が、安達ヶ原で老婆に宿を求める。閨をのぞくことを強く止められたにもかかわらず、同行していた能力(のうりき)がのぞくとそこには死体が積み上げられていた。祐慶らが逃げ出すと、戻ってきた老婆は、鬼女の姿と化して、祐慶を食おうとする。しかし、祐慶の降伏の祈りで祈り伏せるのであった。これが近世期に演劇や文学作品に取上げられ、その鬼婆がはらみ女を害する残酷な趣向も生まれた(浄瑠璃『奥州安達原』)。一方、木村富子作の舞踊劇「黒塚」では、老女は、それまでの悪行を悔いて仏を頼り来世での救済を願っていたのだが、約束を破って一間をのぞいた強力(ごうりき)の、人間の虚偽に憤り、再び鬼女に立ち戻るという筋である。
 「黒塚」という物語をたどっていくと、そこには人と鬼との境にいて、最終的に異界の存在とならざるを得なかった「女」の姿が立ち現れてくるのだ。(柴a).
【参考図】「安達原一ツ家之図」(大英博物館 2008,3037.18231)