3.5.9.映画になった歌舞伎

作品名:『紅葉狩』[デジタル復元・最長版]
制作:明治32年(1899)
所蔵:国立映画アーカイブ

 明治32年(1899)に撮影された映画『紅葉狩』は、九代目市川團十郎と五代目尾上菊五郎による歌舞伎『紅葉狩』を記録した作品である。これは日本人によって撮影された現存最古の日本映画として知られている。それまで歌舞伎は、浮世絵や写真によって役者の姿を残してきた。しかし映画の登場によって、人々は役者の動きや舞台上の演技そのものを記録できるようになった。『紅葉狩』は、歌舞伎が初めて映画という新しいメディアに保存された例であり、近代以降の歌舞伎と映像メディアとの関係の出発点ともいえる。本作は、歌舞伎が他メディアの題材となっただけでなく、その芸を新たな技術によって記録しようとした試みでもあった。

作品名:映画『虚無僧屋敷』
上演:昭和25年(1950)9月
出演:嵐寛寿郎 、羅門光三郎
制作:大映京都

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 歌舞伎が映画という新たなメディアへ進出すると、作品だけでなく役者たちもまた映画の世界へ活躍の場を広げていった。その代表的な存在の一人が、通称アラカンと呼ばれた嵐寛寿郎である。嵐寛寿郎は歌舞伎役者として活動した後、映画俳優へ転じ、時代劇映画のスターとして絶大な人気を獲得した。歌舞伎で培われた立廻りや表現は映画の中でも生かされ、多くの観客を魅了した。

 映画草創期には、映画が大量の出演者を必要としたこともあり、多くの歌舞伎役者が映画界へ進出した。こうした動きは、歌舞伎の芸や人材が映画という新しいメディアへ受け継がれていったことを示している。なお、歌舞伎と映画の関係については、本展「1.5 歌舞伎と映画」でも紹介している。(戸塚)

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