3.1.1.3.辻番付1

絵師:小国政
判型:大判/錦絵
作品名:奥女中芝居見物の図
出版:明治25年(1892)頃
資料番号:012-0898 所蔵:早稲田大学演劇博物館

 顔見世番付が、新たな一年の座組を知らせるために作られた番付であったのに対し、辻番付は、上演される芝居の内容や見どころを町中へ広く伝えるために作られた宣伝用番付である。つまり、顔見世番付と同様に、現在でいうポスターや街頭チラシの役割を果たしつつ、より上演内容そのものに特化した情報を伝えるメディアでもあった。こうした番付は、人通りの多い交差点「辻」をはじめ、庶民が日常的に集まる湯屋(銭湯)や髪結床(床屋)などにも張り出されたことから、「辻ビラ」とも呼ばれて広く親しまれていた。

 辻番付の成立は、顔見世番付などに比べると比較的遅く、18世紀前半頃に独立した形式として成立したと考えられている。しかしその背景には、従来から存在していた劇場看板や文字だけの引札・貼紙など、さまざまな宣伝媒体の蓄積があった。辻番付は、それらを印刷媒体として統合し、大量配布を可能にした、新しい都市型メディアであったのである。

 生活空間に張り出された番付の前には自然と人々が集まり、絵組を指差しながら、「次の芝居の見どころはどこか」「どの役者がよい役を得たのか」などと噂話に花を咲かせていた。また、現代のチラシを持ち帰って楽しむ感覚と同じように、辻番付を手元に置き、芝居へ思いを馳せる人々もいた。本作には、芝居見物に訪れた奥女中たちが辻番付を手元に、賑やかに語り合う様子が描かれており、歌舞伎が江戸の人々の日常に深く根差した娯楽であったことを伝えている。このように辻番付は、単なる宣伝媒体ではなく、人々が街角で情報を共有し、歌舞伎の熱狂を生み出すコミュニケーションの場そのものでもあったのである。(宮﨑・戸塚)

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