Z0677-072

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小倉擬百人一首 第72番  祐子内親王紀伊  
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音にきく たかしのはまの あだ波ハ かけじや袖の ぬれもこそすれ

・歌意

 高師の浦の波は高いと評判だが、その波をかぶるわけにはいかない。袖がぬれてしまうから。おなじように移り気とうわさの高いあなたの愛の言葉など、私は心にかけませんわ。じきにあなたに飽きられて、涙で袖が濡れることになってはいけませんから。



・翻刻

 言号せし勝頼の切腹と聞 一ト間の内に引篭り 床に掛けたる絵像に対し 回向しやうとて お姿を絵にハかゝしハせざりしに  魂ひかへす返魂香 名画の力もあるならバ 言葉かハしてたまハれと 泣涕こがれ見へにける (種員筆記 無シ)


 絵師:歌川広重

 彫師:―

 版元文字:伊場仙板

 名主双印:「村田」「米良」




●【余説】 〔古典聚英9〕浮世絵擬百人一首 豊国・国芳・広重画 平成14年(2002),吉田幸一,笠間書院  

 武田・上杉両家の確執を題材とした浄瑠璃。近松半二・三好松洛・竹田因幡、他三名ら合作時代物『本朝廿四孝』、五段、明治三年(一七六六)一月 大阪竹本座初演。  筋立は複雑をきわめているが、武田勝頼八重垣姫の敵同士の恋物語をここに取り上げている。第一段、武田家の重宝の兜を上杉家が返さないので、両家は不和になっている。ところが足利将軍義晴が何者かに殺されたので、曲者を捕らえるまで三年間休戦となし、犯人が見つからない場合は両家の嫡男の首を討って差出すことに決める。第二段、三年たっても犯人は見当たらない。勝頼の命が危いが、奸臣板倉兵部の所に瓜二つの子がいたので、その子が勝頼の身替りになって、切腹して果てた。が、真の勝頼は恋仲の腰元濡衣がいて、兜を求めて旅立つ。第四段の切「十種香」と「奥庭狐火」の場が有名で、上杉家の八重垣姫は、死んだと聞かされた勝頼が、兜を探しに上杉家に乗り込んでいるのを目の前にして慕い寄る。次の場で、八重垣姫は兜を盗み出せば思いが叶えられると持ちかけられて盗み出す。一心に祈ると狐が姫に乗り移り、湖上を渡る魔力を得る。広重画は、第一段の八重垣姫が許嫁の勝頼の姿絵を掛けて、反魂香を焚き、逢う瀬を祈ると、香煙の中に姿が幻のように表われてくる。本歌の「かけじや袖のぬれもこそすれ」の見立絵。  (濡衣→偽勝頼の恋人) (第一段→第四段)    



●【参考】 The Hundred Poets Compared - A Print Series by Kuniyoshi/Hiroshige/and Kunisada 2007,Henk J. Herwig/ Joshua S. Mostow,Hotei Publishing  

 八重垣姫は浄瑠璃のために近松半二(とその他の人々)によって書かれた浄瑠璃劇『本朝廿四孝(我等の領土での子としての孝行心の廿四例』の中の「十種香」の場面の、最も重要な登場人物である。最初の上演は1766年、大阪竹本座で行われた。そしてその同じ年、これは歌舞伎の舞台へと改作された。この劇の複雑な筋立と副筋は16世紀後半の好敵手・武田家と長尾(劇では上杉はこのように呼ばれる)家の勢力争いに由来される。

 八重垣姫は彼女の許婚であったと信じている、武田家と長尾家の間での法性という名の貴重な兜の所有を巡っての争いのせいで自害した、武田勝頼の死を嘆き悲しでいる。  勝頼の絵が描かれている巻物の前で反魂香とよばれる特別な香を焚き、彼女は彼に彼女に話しかけるよう乞う。ちょうど同じ時、勝頼は(庭師蓑作として変装した)八重垣の隣の部屋にいる、八重垣の腰元(侍女)である濡衣(兜を捜している武田方の密偵)に話しかける。多くの混乱の後、恋人たちはついに再会する。蓑作/勝頼は八重垣の父・長尾謙信によって、諏訪湖をはさんで反対側にある塩尻の町へ手紙をもっていくことを命じられるが、八重垣は勝頼を殺害しようとする彼女の父の計画を聞いてしまう。彼女の彼の命を助けるための嘆願は無視され、彼女は彼女の父の館の庭にある小さな祭壇(社)の中に保管された法性の兜を盗むことを決意する。祭壇(社)の池にかかっている橋を越えて兜を運ぶ時、彼女は水の中にいる狐の影に気がつき、そして狐の霊魂が兜を守っていることを悟る。狐火によって案内され、その時彼女は兜をかぶり勝頼に警告するために、凍った湖を横断する。  

 広重は八重垣が彼女の最愛の人、勝頼が描かれた巻物の前で、特別な「反魂香」を焚く場面を描いた。話と詩の間での連想は、「波はかけじ(私は波を私にかけさせない)」という行が、諏訪湖の凍った波の上を飛ぶ八重垣の衣装がかわいたままであることを、それとなくほのめかしているように思われる。  




【あらすじ】

 [一段]武田家の重宝である諏訪法性の兜をめぐり、武田家と長尾(上杉)家は不和となっていたが、和解のため上杉の娘八重垣姫武田勝頼との縁組を結ぶ。ところがその際、室町将軍足利義晴が何者かに鉄砲で暗殺されたため、犯人を捕らえるため三年の期限つきで休戦とし、見つからない場合、両家はそれぞれの嫡子勝頼、景勝の首を討って差し出すことを決める。

 [二段]三年たったが犯人は見つからず、勝頼の命は危なくなる。逆心のある武田の奥家老板垣兵部は、密かにわが子と勝頼を幼少の頃すり替えていた。板垣は勝頼として育てられたわが子を助けるため、諏訪明神において助けた勝頼と瓜二つの男、蓑作(実は本物の勝頼)を殺そうとするが、信玄に見破られて刺される。偽勝頼は切腹して果て、真の勝頼は偽勝頼の恋人であった腰元の濡衣と共に、兜を求めて旅立つ。

 [三段]山本勘助には横蔵と慈悲蔵の二人の遺児がいるが、老母はなぜか乱暴者の横蔵を可愛がって慈悲蔵には辛く当たり、兄のいうままに慈悲蔵の赤子を捨てさせ、兄の子・次郎吉を我が子として育てさせている。上杉景勝は自分とよく似た横蔵を身代わりにしようとするが、横蔵はこれを拒み、右目を抉って人相を変えると、前から武田信玄に仕えていたこと、自分の子として慈悲蔵夫婦に育てさせていたのは将軍の遺児である松寿君であると明かす。やがて横蔵は山本勘助と名乗り武田方に仕え、実は長尾の家来直江山城であった慈悲蔵と敵味方になる。 

 (本作の題名は、この一段に中国の〈廿四孝〉の「孟宗の雪中の筍堀」にちなんだ、慈悲蔵が母のために雪中から筍を掘 ろうする場面があることからつけられている。)

 [四段]勝頼は偽勝頼の切腹の後、その恋人であった濡衣と共に、薬売りに身をやつして信濃へ下る。勝頼は花作りの蓑作と偽称し、濡衣は八重垣姫の腰元となって長尾館へと入り込む。勝頼の許婚だった八重垣姫は、勝頼の絵姿を床の間に掛け十種香を焚いて、勝頼の死を悼む日々を送っていたが、蓑作を見て勝頼と見間違え愛を表現する。濡衣は諏訪法性の兜を盗みだすことを条件に、八重垣姫を勝頼と引き合わせる。正体を見破られ追手がかかった勝頼にその危急を告げようと、諏訪湖を渡ろうとするが、湖面は氷が張り詰めていて船では渡れない。この上は法性の兜にすがるしかないと、祭壇から兜を盗み出し祈ると、兜を守護する白狐の霊力が八重垣姫に乗り移り、燃え立つ狐火に守られながら飛ぶように駈けて行く。ついには、将軍の暗殺者が美濃の斉藤道三であったことが知れ、道三は自害し、実はその娘であった濡衣は、将軍の御台所の身替りとなって死ぬ。勝頼と八重垣姫は晴れて結ばれる。

 [五段]勘助の計らいで、武田・長尾家の不和を利用しようと謀っていた北条・村上両氏も滅ぼされ、武田と上杉との不和も収まる。




【考察】


ー歌と浮世絵の関係についてー

 紀伊のこの歌は、高師の浦の波を移り気な男心に例えて、「涙で袖が濡れることになってはいけないから、あなたの言葉を気にはかけない」と詠んだものである。広重はこの歌に対して、八重垣が最愛の人、勝頼が描かれた巻物の前で、十種香を焚く場面を描いた。Joshua S. Mostow氏によると、この絵と歌の間での連想は、「波はかけじ(私は波を私にかけさせない)」という行が、八重垣が諏訪湖の凍った波の上を飛行することで、彼女の衣装が乾いたままであるということを、それとなくほのめかしている、としている。また吉田幸一氏は、本歌の「かけじや袖のぬれもこそすれ」の見立絵であるとしている。もしJoshua S. Mostow氏の意見に従い、この絵が「波はかけじ」という部分と八重垣姫が飛行する場面での関連で描かれたとするならば、なぜ八重垣姫が霊狐の力によって諏訪湖を飛行する「奥庭狐火」の場面を直接描かずに、その前の「十種香」の場面での八重垣姫を描いたのかという疑問が残ってしまう。

 しかし吉田氏の「かけじや袖のぬれもこそすれ」の見立絵であるという説に従うとすると、「涙で袖が濡れることになってはいやだから心にかけない」という拒絶をしめした紀伊の歌に対し、すでに涙で袖が濡れてしまっているこの場面での八重垣姫を描くことは、意味で考えるならばあまり相応しくない。 しかし広重はこの「波はかけじ」という紀伊の歌に対して、あえて波をかけてしまった後、つまり袖が涙で濡れている場面を描くことで、よりこの歌と場面との間にある差異を際立たせ、そのおもしろみを引き出そうとしたのではないだろうか。けれどもこの小倉擬百人一首はあくまで、歌に対して何かしら関連のある場面を選んでいる。そのため差異を際立たせるために、歌に対してこの場面を選んだというのは適切でないような気がする。そのため、広重はこの歌の解を誤って捉えており、「拒絶の歌」としてではなく、「涙で袖が濡れている」と詠んだ歌として捉えて、この歌に対しこの場面を選んだのかもしれない、とも考えることができる。



ー八重垣姫と濡衣ー

   また八重垣姫の着物の柄にも注目してみた。浮世絵検索システムで検索してみたところ、この場面での八重垣姫の着物は赤色を基調とするものが多く、また柄も菊のものが多く朝顔のものは珍しい。八重垣姫の衣装の柄で菊が多いのは、おそらく許婚である勝頼が菊を栽培する園芸技術者である「花作り」として長尾館へやって来たこと、八重垣姫のモデルとなったのが武田勝頼の妹で上杉景勝の正室である「菊姫」であることなどが関係しているためではないかと考えられる。このように、赤い衣装を身につけることの多い典型的な「赤姫」のスタイルとして描くなら、この作品での八重垣姫はあまりふさわしくないように感じられる。そのため八重垣姫が朝顔となにか関係があるのか調べてみると、八重垣姫ではなく、腰元の濡衣が関係をもっていることがわかる。

第二段の場の偽勝頼切腹の場面。信玄の奥方常盤井御前と腰元の濡衣のところへ、将軍暗殺の責任を問う上使の村上義清が来る。義清は勝頼の首を討てと迫るが、奥方は、勝頼は諏訪明神の申し子であるので、代参の者が帰るまで待ってほしいと頼む。そこで義清は朝顔の花がしぼむまでは待とうと言う。様子を聞いた盲目の勝頼は切腹しようとするが、濡衣に止めらる。奥方は二人の仲を知って二人を逃がそうとするが、それを義清に見付けられ、勝頼は腹を切る。


・庭に飛び下り、垣根の朝顔引きみしつて床の間の、花生けへ捻ぢ込み押し込み、「コレこの朝顔のしぼむ迄は宥免致す。ナ花がし ぼむとそれが寂滅。否と言はさぬ割符の一本。まづそれ迄は奥で休息、御馳走には信濃蕎麦、お手打ちがわれら好物。花鰹より勝 頼が首、早く賞翫致したい。イザ奥の間へご案内」と言ふに否とも朝顔の、日影待つ間の命ぞと思へば胸もいた垣が、『早う戻つてくれかし』とそれを心の力草、村上を誘ふて一間へ

・「オヽその恨みは尤もなれど、親の許さぬ徒(いたずら)なれば、どうで果敢ない花の縁。もう朝顔もしぼむ時分、隙入れては恥 の恥、泣かずとそなたは次へ行きや」と、はや切腹と見えければ、「アヽ申し/\、まだ朝顔はしぼみは致しませぬわいなあ。い き/\今を盛りのお身の上、切腹とは情ない。どうぞ助ける仕様はないか」

・「オイノウ、合点がいたか。花がしぼむと悲しい別れ。早う行け、サアとう行け」と言ふ中『もしや朝顔の、しをれやせん』と伸 び上がり、見やる花より見る母の姿しをるゝばかりなり。

・「コレ/\、朝顔のしぼまぬ内に討たうとは」「ヤアしぼまぬかしぼんだか、脈の上つた死人花。これでも生きるか生けて見るか。サアどうぢや」


このように第二段の場面で朝顔は偽勝頼の命の象徴として登場する。この場面の見立絵では濡衣の着物に朝顔が描かれているものも存在する。ただの朝顔ではなく垣根に咲く朝顔が描かれているところも、この絵と関連しているように思われる。

またあらすじには書かれていないが、八重垣姫が勝頼の描かれた巻物の前で回向している同じときに、その隣の部屋で濡衣もまた、偽勝頼の回向を行っている。


・館の娘八重垣姫、許嫁ある勝頼の切腹ありしその日より一間所に引籠り、床に絵姿かけまくも御経読誦のりんの音。こなたも同じ 松虫の鳴く音に袖も濡衣が、今日命日を弔ひの位牌に向ひ手を合はせ、「広い世界に誰あつて、お前の忌日命日を弔ふ人も情けな や。さぞや未来は迷うてござらう。女房の濡衣が心ばかりのこの手向け、千部万部のお経ぞと思ふて成仏して下さんせ。南無阿弥 陀仏、/\/\

・「あの泣き声は八重垣姫よな。わが名を呼びし勝頼を、誠の夫と思ひ込み、弔ふ姫と弔ふ濡衣。不憫ともいぢらしとも言はん方な き二人が心」


このようにこの「十種香」の場面では本来、八重垣姫と濡衣の二人が回向を行っている。しかしこの場面での中心人物はあくまで八重垣姫であり、濡衣が描かれることはあまりない。広重はこの場面で、八重垣姫の着物に偽勝頼の命の象徴であった朝顔を描くことで、偽勝頼の恋人であり、同じように偽勝頼のため回向を行っている濡衣の存在も、表現しようとしたのではないだろうか。


 




・〔古典聚英9〕浮世絵擬百人一首 豊国・国芳・広重画 平成14年(2002),吉田幸一,笠間書院

・The Hundred Poets Compared - A Print Series by Kuniyoshi/Hiroshige/   and Kunisada 2007,Henk J. Herwig/ Joshua S. Mostow,Hotei Publishing

・「日本古典全書23 近松半二集」 近松半二著 守随憲治校註 朝日新聞社 1949

・「原色浮世絵大百科事典 第四巻 画題-説話・伝説・戯曲」銀河社、1981・11

・「浮世絵事典《下巻》」吉田瑛二著 画文堂、1990・10

・「歌舞伎登場人物事典」古井戸秀夫編 白水社 2006・5

・「日本説話伝説大事典」志村有弘・諏訪春雄編著 勉誠出版 2006・6

・「日本伝奇伝説大事典」乾克己・小池正胤・志村有弘・高橋貢・鳥越文蔵編 角川書店 1986・9   

・「日本架空伝承人名事典」大隅和雄[ほか]編 平凡社 2008・8

・「歌舞伎名作事典」演劇出版社 1996・8

・「歌舞伎事典」服部幸雄・富田鉄之助・廣末保編 平凡社 2000・1

・「演劇百科大事典」早稲田大学坪内博士記念演劇博物館編・河竹繁俊監修 平凡社 1990・3

・『新編 和歌の解釈と鑑賞事典』 井上宗雄、武川忠一編 笠間書院2000年

・『三省堂名歌名句辞典 』 佐佐木幸綱、 復本一郎編 三省堂2004年

・「香道の作法と組香」香道文化研究会編 雄山閣 2006・8