A1-4 乙姫と竜女
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「和漢美男伝」「浦島太郎 竜女」
絵師:歌川国輝 〈1〉 判型:大判錦絵
上演:嘉永年間(1848~1855)
所蔵:舞鶴市糸井文庫 作品番号: 02ホ29.【解説】
ここで描かれている男性は浦島太郎である。では対になる女性は乙姫かと思いきや龍女と書かれている。確かに龍とともに描かれていて、なんとも不思議な光景である。しかし、一般的に知られてる乙姫とは龍以外に異なる点というのも見当たらない。この龍女という女性は乙姫と同一視してもよいのではないのだろうか。
「和漢美男伝」とあるようにこの絵の主人公は浦島太郎の方である。当時、浦島太郎を表現するのに使われた材料は「釣り竿」「亀」「ひょうたん」そして「龍女」だったのだろう。現代だと違和感を感じるような龍女と浦島太郎という組み合わせも、当時の人にとってはなんら不自然なことではなかったことがわかる。それほどこの二人は同時に語られることが多い二人だったのである。日本には古来より蛇を神格化する蛇信仰が存在していた。そのため空を飛び、角の生えた竜が中国から伝播しても簡単に受け入れることができた。そして記紀神話を見てもわかるように動物や人外の能力はその多くが女性に憑依する。そのため「安珍・清姫伝説」における清姫や「龍の子太郎」の太郎の母親のように、女性が蛇や竜に変身したり、またその女性の本来の姿が蛇や竜であることはよくある。
この絵には龍女と呼ばれる女性と浦島太郎とされる男性が描かれている。浦島太郎と対になる女性で代表的なのは乙姫である。しかしここで描かれているのは乙姫ではなく龍女である。先のも述べたように現在知られている竜は中国から伝播してきた異国の竜であるため、異国の仙女をあらわす手段として使用するのは妥当な手段であるといえる。ここから乙姫と龍女は同一視することができる。
この絵においては「龍=龍女」ではないことがわかる。龍の顔と女性の顔がしっかり絵は描かれているため、この龍女の身体が半人半龍のような姿であることは考えにくい。この女性の身体は人間と同じような形をしていて、その周囲に龍が、天女の羽衣を纏うかのように描かれているのだ。古代の浦島伝説には龍女は海神の娘であるとされている。海神はまたの名を竜神(竜王とする考え方もある)という。竜神は人間の姿で描かれることもあれば、その名の通り龍の姿で現れることもある。この絵において龍女は浦島を、浦島は龍女の方に視線を向けているが、龍はふたりの方を見ていない。この二人の間に存在するある種の特別な関係をこの視線で表しているとしたら、この龍はこの二人の特別な関係に立ち入らない存在、おそらく龍女の父親の竜神だろう。
もしくは、古事記におけるトヨタマが鰐を意のままに操ったように、龍女も龍を自在に操ることができるのだとしたら、この龍は父親とは別のものになる。この龍は龍女の操る生物であると同時に龍女のもつ力の象徴ともいえる。
参考文献
吉野裕子『もとの人間の文化史 蛇 日本の蛇信仰』 法政大学出版局 1979年(幡)
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