A1-3 浦島伝説の乙姫
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「浦嶋太郎玉手箱」
絵師:月岡芳年 判型:大判錦絵3枚続
出版:慶応1年(1865)
所蔵:舞鶴市糸井文庫 作品番号:02ホ19.【解説】
「浦島太郎」「竜宮城」「もてなす魚たち」「乙姫」「玉手箱」という要素は浦島太郎を代表する要素である。おそらく多くの人が疑いようのないことだろう。
この絵において玉手箱の煙の中に描かれているのは竜宮上での思い出であり、浦島太郎と七福神がそれを囲んでいる。竜宮では魚たちが迎えてくれている。魚たちは胸に名前、頭に魚の姿が描かれている。七福神は左から、大きな袋を持った布袋尊、長いひげの福禄寿、武者姿の毘沙門天、琵琶をもった弁財天、釣り竿を持った恵比寿天、頭巾をかぶっている大黒天、鹿とともにいる寿老人である。乙姫は当時の南蛮人のような服装で描かれており、浦島太郎が行った竜宮城が異国であることを表している。そしてここでは竜宮城の統治者は乙姫であるかのように描かれている。(幡)一、 昔々浦島は 助けた亀に連れられて
竜宮城へ来て見れば 絵にもかけない美しさ
二、 乙姫様のご馳走に 鯛や比目魚の舞踊
ただ珍しく面白く 月日がたつのも夢の中
三、 遊びにあきて気がついて お暇乞もそこそこに
帰る途中の楽は 土産に貰った玉手箱
四、 帰つて見ればこは如何に 元居た家も村も無く
路に行きあふ人々は 顔も知らない者ばかり
五、 心細さに蓋とれば あけて悔しき玉手箱
中からぱつと白煙 たちまち太郎はお爺さん
(『尋常小学校唱歌』二学年用 文部省 1911年)現代の人々に広く享受されている浦島太郎のおおまかなあらすじは以上の歌の通りであろう。『浦島太郎』『竜宮城』『もてなす魚たち』『乙姫』『玉手箱』の要素がこの役者絵にもしっかりと描かれている。
『日本書紀』においての浦島伝説においては、乙姫の記述はなく、亀が美しい女性に変身する。その女性は自分が蓬莱のものであると告げ、浦島とともに海へ入る。海の中に蓬莱山が存在し、幾多の仙人が住人として描かれている。この女性は蓬莱という異国から来たものであるが、『日本書紀』においては彼女が権力を持つような存在であるようには描かれていない。
『逸文丹後国風土記』にも浦島伝説の記述がみられる。ここでも同じように亀は女性に変身する。そして自分は蓬山から来たとし、浦島とともに海へもぐる。
両者において、共通するのが異国の女性だという点である。
『万葉集』においてその描写は変化し、新たに海神の娘であるという設定がつけられた。異国の数多いる仙人の中の一人ではなく、異国の神である海神の娘になったのである。その海神が後世に語り継がれることが少ないため、現代では『竜宮城の乙姫』は竜宮という異国の頂点に立つ存在とされる。ここにはアマテラスが巫女から神に変貌した流れと同じような流れが見てとれる。ただ、乙姫にはアマテラスのような巫女的な性格がはっきりとあらわれるような描写は上代の文献には見当たらない。アマテラスにしろ乙姫にしろ、後世に伝えていく内に女性が頂点に位置づけられるのは日本の神的世界のおおきな特徴と言える。
【参考文献】
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浅見徹『玉手箱と打ち出の小槌』 和泉書院 2006年
卜部兼方『釋日本紀 丹後国風土記』 前田育徳会尊經閣文庫 1975年
佐竹昭広『原文万葉集』 岩波書店 2015年
折口信夫『口語万葉集』 河出書房新社 2015年 -