A1-2 豊玉毗売と櫛名田比売
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「花園謡曲番続」 「玉の井」
絵師:魚屋北渓 判型:色紙判錦絵
出版:文政(1818~1828)頃
所蔵: Amsterdam RijksMuseum 作品番号: RP-P-1958-374.【解説】
豊玉毗売(以下トヨタマとする)と櫛名田比売(以下クシナダとする)はどちらも男性神に仕える女神である。トヨタマは火遠理命に仕え、クシナダはスサノオに仕える。ただ、トヨタマの本来の姿は八尋和邇という海洋生物である。他の神に変身するという力を持っていたのである。クシナダは櫛に変身し、スサノオの御髪に挿され、八岐大蛇討伐に同行する。この両者に共通する「神秘の力」は変身するという点である。もちろんこの両者に限らず、先にあげたアマテラスにしろ、オオゲツにしろ、多くの女神はこの変身するという力を持っている。
トヨタマは海神の娘であり、ヒコホホデミの妻である。海神の娘であることもあり、水に関する呪術を扱うことができる。ヒコホホデミの実兄に火照命(以下ホデリとする)というものがいる。ヒコホホデミはホデリから釣針を借りたがそれを無くしてしまい、ホデリの怒りを買った。怒ったホデリは自身の火を操る力を使いヒコホホデミに苦痛を与えようとするが、トヨタマの呪術によって回避される。
本絵の向って右がトヨタマであり、左は妹の玉依比売(以下タマヨリとする)である。トヨタマとヒコホホデミの間にできた子供はこのタマヨリに育てられ、子を産む。このタマヨリが産んだ子供の末子が神武天皇である。左図は八重垣神社の壁面に描かれているクシナダ(八重垣神社では稲田姫)の図像である。
トヨタマは二つの要素を持っている。
ひとつはのぞかれる女という要素である。これは黄泉の国でのイザナミと共通する要素で、のちの時代のツルの恩返しのような物語の源流である。ただ、イザナミとの相違点は、自分の恥を見られた後に追うか逃げるかという点である。黄泉の国でイザナキを醜女をつれて、稲妻のように追跡したイザナミと違い、夫に自分の恥を見られ、逃げたトヨタマは異性への執着がうすいと考えられる。山上(1998)は『日本の母神信仰』において、巫女の定義を以下のようにした。
ある家系に生れて生来に感受性が強く、風姿にかかわらず異性との縁がうすく、人付き合いよりも自然や鳥獣を愛し、歌舞などの芸能に没入して容易に恍惚状態に入り、時には遂に憑依降神して託宣を神語る。(山上、1998)異性への執着がうすいトヨタマはイザナミのような女神ではなく、巫女寄りの性質だと言える。
もうひとつは変身するという要素である。トヨタマは出産の際に八尋和邇という生物になる。この生物が鰐か鮫かはたまた龍かで意見が割れているがここでは言及しない。大事なのはトヨタマが本来人外であったということである。本来人外である生物が人間の姿で夫の手助けをしているのである。
巫性を有する女性は変身する。その変身はたんに装いを改変する如き単純なものではなく、現世と異界、天と地のような本質的変身が現れるのが巫女の特徴である。(同上)
これも同じように巫女の有する要素である。
トヨタマのもつ霊能力は、水を操り、動物を意のままに従えることであるが、その能力をいかにしてつかったか。彼女は夫である彦火火出見命(以下ヒコホホデミとする)の窮地を救うことにその能力を使った。これは夫と妻という関係であると同時に、ヒコホホデミという神に仕えるトヨタマという巫女ととらえることもできる。
(幡)
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