B4-2 巴の大力
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「巴御前」
絵師:歌川国芳 判型:大判錦絵
出版:嘉永1年(1848)頃
所蔵:大英博物館 作品番号:2008,3037.21226.【解説】
本作は『平家物語』巻9「木曾最後」における、巴が敵方の武将の首をねじ切ろうとしている場面を描いたものである。色白の巴とは対照的に、首をねじ切られそうになっている敵の顔は赤く染まり苦しげである。『平家物語』での巴の人物像は、大力の女武者でありながら、色白の髪の長い、容貌の美しい女性であるという点が一致している。しかし、その出自・階層性は諸本によって異なっている。本作の詞書では、巴は中原兼遠の娘ではなく養女となっているが、兼遠の実子で、木曽義仲の乳母子である今井四郎の妹とされる説もある。
粟津の戦いで巴は女ながらも華々しい戦果を挙げ、その大力で源義仲を献身的に支えた。義仲の「お前は女だから、戦場を離脱してどこへでも行け」という命により、巴はやむなく戦線を離脱したが、死を覚悟した義仲へのはなむけの一戦とばかりに、巴は敵将の首をねじ切って捨て、戦場を去ったという。またその際には、剛力で知られる畠山重忠に鎧をつかまれたものの笑って払いのけ、重忠の手には巴の鎧の片袖のみが残されたともいわれている。この場面は巴の大力を象徴するものであり、常人でありえない首を「ねじ切る」という巴の異質さを際立たせている。
巴が敵の武将の首をねじ切る場面は、浮世絵以外にも登場している。『厳島絵馬鑑』は、厳島神社に奉納された絵馬を模写縮図し本にしたものである。本図は「巴女家義之首之斬之図」という絵馬を模写縮図したもので、厳島神社の回廊御作事所の前に掲示されていたようである。今年で28歳になる中三権守兼遠の娘・巴が、遠江の住人・内田三郎家義の首をねじ切ったと書かれている。不敵な笑みを浮かべている巴が印象的である。(板)
【参考図】『厳島絵馬鑑(初編)』第5巻 立命館大学ARC(arcBK01-0164-05)【画中文字翻刻】
巴御前
元近江の國山本兵衛に仕し安太夫の娘なり 権の頭兼遠を仮親として義仲の妾となる 北国の戦ひに平家の勇士武蔵三郎左衛門有国を討 神武以来離論絶類 古今未曾有の大力なり.【補足】
『平家物語』において、女武者巴が活躍する場面は、異本である『源平盛衰記』を除いては「木曾最後」のみである。そして、「木曾最後」の、義仲と別れて東国へ落ち延びたという記述以降、巴は物語に登場しない。この短い文章の中に彼女の個性がくっきりと現れているのである。『平家物語』の女性たちは武力がなく、か弱い印象が強く見受けられる中、大力を持つ巴は異質な存在であるといえる。だからこそ、巴は「勇婦」として人口に膾炙する女性となりえたのである。
本作の作者である歌川国芳は染物屋の息子であり、優れた色彩感覚を有していた。そのため、国芳の描く衣装の柄の素晴らしさには定評があり、当時から人気を博していた。のちに『染物早指南』という版本も残している。巴の衣装も細やかな模様が描かれており、目にも鮮やかなものとなっている。【参考文献】
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永井路子『平家物語の女性たち』(文藝春秋、1979)
西沢正史編『古典文学作中人物事典』(東京堂出版、2003)
悳俊彦監修『アート・ビギナーズ・コレクション もっと知りたい歌川国芳―生涯と作品』(東京美術、2008)
細川涼一『平家物語の女たち―大力・尼・白拍子』(講談社、1996) -
- 投稿日:
- by 8P
- カテゴリ: B 源平合戦の女たち,B4 巴御前
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