A3-4 お岩
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「お岩のぼうこん 尾上菊五郎」「お岩妹お袖 岩井粂三郎」
絵師:歌川国安 判型:大判錦絵
上演:文政8年(1825)7月 中村座(江戸)
演目名:「東海道四谷怪談」
所蔵:立命館ARC 作品番号:arcUP4984 .【解説】
鶴屋南北によって製作され、赤穂浪士の討ち入りを描いた「仮名手本忠臣蔵」の外伝的位置づけである。2日間に渡って上演され、『忠臣蔵』を1番目もの、『四谷怪談』を2番目ものとした。ただし、これは初演時のみであり、その後『四谷怪談』が単独で上演されていく。
本図は最後の場面が描かれており、お岩が火炎車に乗って自分の子を抱えながら義理の妹であるお袖を死後の世界へ引っ張っていく様子である。その顔は引き締まり力強く感じられるが、お岩はこの時何を考えていたのだろうか。実はこの場面は台本に存在せず、実際には上演されなかった。しかし、A3-5からも分かる通りこの最終場面はよく描かれているため当初は上演予定であったのだろう。(浅)「お岩霊 市川米蔵」
絵師:猿雀 判型::中判錦絵
出版:慶応1年(1865)
所蔵:メトロポリタン美術館 作品番号:MET-2011_152_Strm1
【解説】
「蛇山庵室の場」にて、伊右衛門がお岩の霊を供養するため流れ灌頂(A3-3続き参照)の白布に水をかけるも、その水は火となり燃え上がってしまう。
本図はその布からお岩の霊が子を抱いて出現する場面である。お岩はこの後逃げ惑う伊右衛門を追いかけ赤子を抱かせるが、伊右衛門がその子を取り落とすと子は石像へ一転、お岩は消えてしまう。・『東海道四谷怪談』の大まかな流れ
お岩は夫伊右衛門の子を身籠るが、実父四谷左門と伊右衛門が不仲であり、ついに伊右衛門は四谷左門を殺害、「父親の仇を討つ」とお岩を騙して復縁する。
お岩は子どもを生むも、産後の体調不良が長引く。伊右衛門に恋をした孫お梅の願いを叶えてやるためその祖父、喜兵衛の策略によりお岩はそれとは知らず醜くなる毒を煽り、死亡。また伊右衛門は奉公人の小仏小平に罪を擦り付けるためこれを殺害。
伊右衛門とお梅の婚礼の夜、お岩と小平の幽霊が出現、伊右衛門はあやまってお梅と喜兵衛を殺害し逃亡する。
伊右衛門はその後も幽霊に悩まされ続け、最後にはお岩の妹の許嫁であった佐藤与茂七に討たれる。
ここではお岩と伊右衛門を軸に紹介したが、本来は登場人数は15名程度、うち死者数10名強を出す熾烈な戦いであった。
・お岩は妖怪か幽霊か
A3-0で触れたとおり、妖怪と幽霊の違いで大別するならばお岩は生前の姿をとって出現する幽霊としての側面が強く、これはお菊と並ぶ幽霊の代表格として扱われる点からも自明である。しかし、一方でお岩はこれまで見てきた通り妖怪である産女の面も併せ持つ。妖怪の条件には人外が挙げられたが、お岩は元は薄幸な疑いのない人間ではなかったか。
ここで考えられるのはお岩が煽った毒の影響である。お岩はこのために顔が醜悪になり、およそ人間のものではなくなってしまった。これが、妖怪とも見なされる契機となったと考えられる。
・演出
お岩と聞いて産女をすぐイメージできる人は多くないだろう。四谷怪談は戸板返しや提灯抜けなどの仕掛けが人気を博したが、一方の産女登場シーンは一瞬、また流れ灌頂の風習が衰退したこともあり「産女としてのお岩」像が霞んでしまったことは否めない。
【参考文献】
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高田衛『お岩と伊右衛門』(洋泉社 2002) -