C3-6 浄瑠璃 大江山酒呑童子

資料名 : 大江山酒呑童子
作者 : 
員数・装丁・判型 : 
年代 : 明治16年(1883)9月 京都・北
資料番号 : arcSP03-0158-032

 明治16年(1883)9月に京都四条北側で上演された人形浄瑠璃の興行の役割番付である(役割番付についてはC3-5参照)。
 人形浄瑠璃の「大江山酒呑童子」は、文化11年(1814)2月に大阪いなり境内で初演された「酒呑童子話」の改題作であり、歌舞伎の同名作品と構成が大幅に異なる。本作は江戸時代に25回、明治時代に23回の通し上演(演目を最初から最後まで通して見せること)が行われており、人気の作品であったことがうかがえる。
 本公演では大内、吉野山、矢瀬の里、保昌屋敷、羅生門、松太夫住家、荒血山の段を上演している。「羅生門の鬼神退治は渡辺綱 荒血山の邪神退治は坂田金時」と外題の角書にあるように羅生門や金太郎の大蜘蛛退治がメインとなり、酒呑童子退治はカットされる。
 この公演で上演されない酒呑童子退治に関する段(「山入」「鬼が城」「童子退治」)は明治期に上演がほとんど絶えてしまうが、対して、阿波・淡路の人形浄瑠璃では昭和初めまで上演され、2メートルを越える阿波木偶「酒呑童子」がのこされている。
 なお、番付には「羅生門の段」「荒血山の段」は早替りの演出があったことが記され(「此所でつかひ早替りて御らん二入候」)、人形遣いのケレンが見せ場である公演であったことがうかがえる。人形浄瑠璃における「大江山酒呑童子」は幕末から明治期に人気を博したが、昭和以降大阪での上演は途絶えることとなった。(I)

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