4.2 吾妻曲狂歌文庫(nakai0294)
あずまぶりきようかぶんこ

宿屋飯盛(石川雅望)(1753~1830)編、天明6(1786)年刊、大本 1冊、

「翻刻」 『川柳狂歌集』 日本古典文学大系59 (岩波書店、1958)

 半丁ごとに50人の1首の狂歌が掲載され、その作者の肖像が彩色で描かれている。画工は、北尾政演(山東京伝)(1761~1816)である。編者の石川雅望は、四方赤良(大田南畝)の門であり、狂歌名は宿屋飯盛であるが、これは家業によるものである。この当時の作者は、それぞれ特色の有る狂歌名を用いている。当時、いくつかの狂歌の連(グループ)があったが、本書は、四方連(四方赤良主宰)の作者が中心になっている。翌天明7年に、編者・画工が同じで、100人の狂歌を集めた『古今狂歌袋』(nakai0295)が刊行されている。これは『吾妻曲狂歌文庫』の作者が四方連に偏っているという批判があったためとされている。

 本書は,天明期の狂歌流行の一因となったものである。本書以前の狂歌集として、『万載狂歌集』四方赤良編(天明3年刊)、『狂歌若葉集』唐衣橘州編(天明3年刊)、『徳和歌後万載集』四方赤良編(天明5年刊、nakai0298)がある。