H10引き抜き(道成寺)

「俳優姿名定」「白びやうし花子 中村芝翫」
絵師:周重 版型:大判/錦絵
出版:明治7年(1874)10月東京
資料番号:arcUP3722 所蔵:立命館ARC.

【解説】
 歌舞伎には、舞台上で演技中、観客の見ている前で素早く、衣裳を替えてしまう手法がある。本図は、その内「引き抜き」という技法が使われる演目の代表である「京鹿子娘道成寺」で、白拍子花子を演じる〈4〉中村芝翫を描いた役者絵である。最初、白拍子は、緋色の桜模様の振り袖と烏帽子を被って現れる。再興がかなった鐘への舞の奉納が許され、踊り始めるうちに、恋する娘の風情に変じて、次々と衣裳を替えていく。この時、しつけ糸で荒縫いして重ねて着ていた衣裳の糸を「引き抜き」、上の衣裳が下の衣裳から外れ、上の衣裳をさっと取払うことで、衣裳を替えていく。糸の端には、つまみ玉をつけておいて、タイミングを合わせて、後見がその玉を引いていくのである。
 「引き抜き」は、ある人物が本性をあらわす時や役の性格が変わる時、また「娘道成寺」のような舞踊で見た目の変化をつける時などに用いられ、劇的効果を高めている。目先の変化を招くばかりか役柄の性格の一変をも表現するきわめて効果的な手法である。
 舞台で衣裳を替えるという演出は、歌舞伎以前の雅楽や能楽にも見られ、人形劇にもあったが、衣裳に仕掛けをして演技中あざやかに急速に変化するという方法は、歌舞伎において特に発達した。(坂.)

【参考映像】

(YouTube)

【用語説明】
京鹿子娘道成寺