F1-1 車争い.

『源氏物語』(絵入源氏物語)

編著者:山本春正 判型:大本 巻9
出版:承応3年(1654)
所蔵:立命館ARC  所蔵番号:eik2-0-51-09.

【解説】
 六条御息所の心の奥底に巣くっていた鬼が生霊となって遊離し、葵上をとり殺す。その原因となった事件が車争いである。新斎院に任命された女三の宮が、賀茂祭に先立って賀茂川で御禊を行うこととなった。その行列を一目見ようと一条大路には大群衆が詰めかける。光源氏の正妻・葵上も侍女たちにせがまれて物見車を出したが、出発が遅れたため大路は既に見物の車でごった返していた。しかし行列に加わっていた光源氏の正妻である葵上の車には、他の車が退く形で場所が提供される。そんな中、決して退こうとしない網代車が一台あった。光源氏の晴れ姿を見ようと、人目を忍んで出かけていた御息所の車であった。この頃、光源氏から距離を取られていた御息所だが、その愛は尽きていなかったのである。大群衆の雑踏の中、鉢合わせた両者の車。酒に酔った若衆たちによって、たちまち壮絶な場所取り争いが起こる。結果、御息所の車はボロボロに破壊され、人混みの奥へと押しやられる。そこへ御息所には気づかない様子の光源氏が、葵上の車のみに向かって礼を尽くし通過した。車争いに敗れただけでなく、世間にお忍び姿を晒された御息所。貴人としても、女としてもプライドを深く傷つけられた御息所は、この事件を契機に平常心を失い、魂が遊離するようになる。車争いが、六条御息所が起こした数々の生霊事件の発端となったのである。
 
本書は、注釈や登場人物一覧などを備えた最初の版本であり、全60巻本。それぞれの場面の理解に役立つ226枚に及ぶ挿絵が付されており、これらの挿絵は全て蒔絵師である編者・山本春正が描いたものと見られている。その中には、車争いの場面も描かれており、この事件が物語上重要な位置づけにあったことが窺える。 本書以降、『源氏物語』の版本や抄録版本は、この絵入源氏の図様を踏襲し、影響を受け続けた。参考図は弘化2、3年(1845~1846)頃に出版された豊国〈3〉による「源氏香の図」であるが、明らかに絵入源氏の影響が見て取れよう。
(三).

加工済み車争い.JPG

【参考図】「源氏香の図 葵」(国立国会図書館)