Z0688-2-002

提供: ArtWiki
ナビゲーションに移動 検索に移動

総合

Z0688-2-002-1-.jpg

「新形三十六怪撰」 「さぎむすめ」

画題:さぎむすめ

絵師:芳年

落款印章: 芳年

版元:佐々木豊吉

出版:明治22年(1889)

*出版は、明治22年、24年、31年、35年と四回出版されている。




さぎむすめ

歌舞伎舞踊。長唄。柳雛諸鳥囀。宝暦十二年(1762年)四月、江戸・市村座初演。堀越二三治作詞、杵屋忠次郎ほか作曲。演者は二世瀬川菊之丞。『残雪槑曽我』という歌舞伎の二番目大詰の五変化所作事の一曲。

恋の妄執に苦しむ娘の姿を白鷺になぞらえた作品。白無垢姿に黒塗りの下駄姿の娘と化して水辺に現れ、やがて赤友禅衿付の町娘に引抜き、クドキ、手踊り、傘踊りのどを恋心になぞらえて華やかに踊り、最後は羽または火焔の衣装にぶっかえり、地獄の呵責に苦しむ振りで終わる。

「歌舞伎登場人物事典」によると、

「鷺の踊りは竹田からくり芝居の「住吉汐干の白鷺」という作品で買い広いの娘が住吉踊りをし、からくりで白鷺のと化し空に舞い上がるものを基にしてる。鷺の神の使いとすることは、能の『鷹』や民間信仰などに見られる。(中略)大正十一年(1922年)に来日したアンナ・パブロバの『瀕死の白鳥』の影響を受け、羽ばたきでしんでいく演出もある。鷺娘の解釈は、「娘」と「鷺の精」と両方ある」

(参考文献:「歌舞伎登場人物事典」 2006年 三秀舎、「歌舞伎事典」 1983年 平凡社、歌舞伎ハンドブック第三版 2006年 編者 藤田洋)


『柳雛諸鳥囀』

妄執の雲晴れやらぬ朧夜に君に迷いし我が心、忍ぶ山口舌の種の恋い風が、ふけども傘に雪もって、積る思いは淡雪の、消えてはかなき恋路とや。(中略)白鷺の羽風に雪の散りて花の散りしく景色と見れど、あたら眺めの雪ぞちりなん。恋に心もうつろいし、花の吹雪のちりかかり、払うも惜しき袖傘や。(中略)一樹の内におそろしや、地獄のありさま、ことごとく、罪を糺して閻王の、鉄杖正にありありと、等括畜生しゅじょう地獄、或は叫喚大叫喚、修羅の太鼓はひまもなく………

(引用 舞踏集 歌舞伎オン・ステージ 1988年 編集者・郡司正勝 白水社)


スティーブンソンさんの解説をおおまかに訳すと・・・

多くの文化や社会において、動物やその他の生物は人間社会と近い存在であった。人間は鳥、動物、昆虫や植物にいたるまで、周りに存在するものに親しみを感じてきた。万葉集にも、自然の美しさと儚さに対する叙情をうたったものがある。日本には、動物が人間のように話をする神話も多くある。

このデザインはその例である。

昔むかし、ある若者が美しい鷺を助けて世話をしてあげたそうな。その後、若者は村の娘ではない美しい娘に会い、恋をし、すぐに結婚したそうじゃ。しかし、若者は娘がどこから来たのかも知らなんだし、娘も明かそうとはせなんだと。娘は機織に才があり、彼らは織物を売って生計をたてておったそうな。しかし娘は若者に、機織をしている間は決して覗かないでくれと頼む。ある日、彼は仕事場の戸がすこし空いていることに気づいたそうな。若者は好奇心に逆らえず中を見ると、そこには鷺の姿をした娘がいたそうな。娘はまた美しい人間の姿になると、こう言ったそうな。「私の正体に気づかない限り一緒に住めたのに・・・」そう言うと彼女は空に羽ばたいていったとさ・・(ってこれ鶴のおんがえしじゃ・・)

(鶴→crane 鷺→heron)

このデザインは、静かな雪の中に傘をもってたたずみ、妹の鷺に挨拶をしている。

彫師と刷師は服のラインの筆使いをよく表現しきれている。この錦の服と鳥の羽は素晴らしい質感をもっている。この行程は空摺と呼ばれ、模様を浮き上がらせる手法で彩色はされていない。

鷺のイメージ

1、白い鳥

中村禎里氏の『日本人の動物観ー変身譚の歴史ー』には、『古事記』『日本書紀』が編集された古代から近代までの変身説話をもとに、動物観の歴史が述べられている。

これによると、『古事記』『日本書紀』『風土記』において白トリが人間に変身する話は、以下の二つがある。天女が白トリの姿に変身して水浴びをしている所を目撃した男が羽衣を盗む「羽衣伝説」と、常陸国に白トリが飛来し、少女に化け、河をせき止め池をつくろうとしたが、完成しないまま天にのぼり帰らなかった、という説話の二つである。もともと天女との異類婚の話は朝鮮・中国などに分布しており、白トリが人間に変身し人の男性と結婚する説話は、天上他界の観念が成立し日本に定着した海外紀元の話である。古代で指す「白トリ」とは、文字通り白いトリを意味している。逆に、人間が白トリに変身するものはヤマトタケルである。 中世に入ると、『鶴の草子』または『鶴の草紙』のように、鶴が人間に変身して人間の男と結婚する話がでてくる。鶴は恩返しのため結婚するが、機織りの場面はなく二人は最後に結ばれる。このように、動物の雌と人の男性との異類婚は、報恩のモチーフが多い。信太妻の狐や浦島太郎や鶴の恩返しなどである。逆に、人の女性と動物の雄との異類婚では、動物が嫌悪・軽蔑の対象になる傾向が濃厚になる。また、死体から浮遊し去る霊魂をトリで象徴する話も数多く見られる。

(参考文献:『日本人の動物観−変身譚の歴史―』中村禎里 1894年 鳴海社 P36-37、P155-157、P170)

2、雪女のイメージ

明和七年 文調 二世瀬川菊之丞の雪女

『妖異風俗』の中で林章次氏は、「雪女」の項でこう述べている。

「鈴木春信は鳥鷺の図に於いて、想像の雪女を画いた。これは飽くまでも純真にして潔白な性格の人格化で、やがて優艶な詩的産物である鷺娘を胚胎するに至ったと思う。」

この「雪女」の項では二つの話が紹介されている。謡曲『雪鬼』によると、昔在原業平が雪の中で一人の女性に出会い都に伴い帰るが、春になると日陰に消え失せた話や、小泉八雲の「雪おんな」では昔雪女に殺されかけた若者が、結婚して子をもうけるが、その女が実は雪女であった話である。また、こうも述べている。

「雪女は永遠の処女として性の目覚め神に禁じられてはいる(中略)雪女は、清浄なる処女時代には、久遠の女性として若き生命の保持者にしてあるが、紅い雪に貞操を破ると他直ちに老衰を招き消滅するのである。」

もしこの説をとれば、鷺娘の内に着た紅い衣服は性の目覚めや性欲を現していることにもなる。

右の絵は、雪女の絵であるが雪の中、傘をもち白い服に中が赤い服というのが、非常に酷似している。

(参考文献:『妖異風俗 日本のオカルティズム』昭和六十三年 雄山閣出版株式会社)


3、時代が近い雪女か鷺娘の絵



上演記録

その他の鷺娘の浮世絵


まとめ

中にぶっかえりの赤い布地が見えることから、歌舞伎の舞台衣装を基にしている事がわかる。この構図は他の作品にも見られ、まだ白無垢であることから、始めの場面だとわかる。他の作品と違う点は、鷺が描かれていることである。長唄の「白鷺の…」のくだりにも見れるように、鷺の羽は雪と重ねられている。この絵は左手を袖傘のようにしており、まるで鷺が降る雪のように描かれている事が特徴である。また、空摺により、それをより立体的に表現されているのだろう。

さて、スティーブン氏の解説では鶴の恩返しが記されていたが、鷺に置き換えた話は見つからなかった。ただ、白い鳥が変身(鳥から、人間から)というのは、ヤマトタケルに起源を持ち、鶴の恩返しのような話にもつながった。多くは恋愛に属した話になっており、雌鳥が人間の男に恋した話や、羽衣伝説のような話もある。また、雪女にも類似点が見られた。白い衣装の中に赤い衣装や、雪、人間の男性との恋である。雪女は地方に様々な形で多く話が残っているが、浮世絵は少なく、鷺娘のほうが多い。また、四代目中村芝翫が、雪女を演じた数年後に鷺娘も演じているのも注目したい。もしかしたら、どこかの時点で雪女と鷺娘が混同されて認識され始めたのかもしれないが、まだまだ調べがつかなかった。出版年日についても、明治22年と35年のはきっかけらしきものが見つからなかった。ただ、四回も増刷しているという事は、よほど人気の絵であったと窺われる。


参考文献


たばこと塩の博物館 [1]閲覧日:2010年12月九日

早稲田大学演劇博物館 浮世絵閲覧システム [2] 閲覧日:2010年12月9日

歌麿「鷺娘」(当世踊子揃)-浮世絵のアダチ版画- [3]閲覧日;2010年12月9日

「歌舞伎登場人物事典」 2006年 三秀舎、「歌舞伎事典」 1983年 平凡社

「歌舞伎ハンドブック第三版」 2006年 編者 藤田洋)

舞踏集 歌舞伎オン・ステージ 1988年 編集者・郡司正勝 白水社

歌舞伎年表 昭和三十五年 井原敏郎 岩波書店