Z0677-013

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[歌] つくばねのミねよりおつるみなの川恋ぞつもりて淵となりぬる


[歌人]  陽成院


一勇斉国芳画   「鬼若丸」   名主単印(村松)

熊野別当辨真か子にて 播州書写山に登せ経学せしに 武勇を好ミ 山谷に遊 こゝに古池に年久しく住む鯉ありて 害をなすゆゑ ある時 此鯉を退治し 勇力を顕しける  (種員筆記 無シ)


[余説]

歌舞伎脚本、四世鶴屋南北作『鬼若根元舞台』文政八年(一八二五)十一月 江戸中村座初演。鬼若丸は弁慶の幼名。内容は、鬼若丸を中心とした源平の世界に、二番目(世話狂言)としてお染久松をからませた奇抜な趣向の芝居であるが、国芳画は、本歌の下句「恋ぞつもりて淵となりぬる」のこひを古池に年久しく住み、害をなす鯉に見立てた絵。 なお、鈴木重三氏著『国芳』(一九九二年6月平凡社刊)には、「西塔鬼若丸」(大判錦絵)「鬼若丸と大緋鯉」(大判錦絵三枚続、弘化頃)を掲載し、「弁慶がまだ、鬼若丸と称していた稚児の頃に、大鯉を退治した俗談的武勇伝に取材した作品」で、これは歌舞伎の「鯉つかみ」の変容であるという。しかし、既存の弁慶説話文献には、大鯉退治の話は見当たらないとのこと。




[考察]      国芳が描いたこの絵の鯉の大きさがあまりにも大きすぎるのはなぜなのだろうか。この絵が「弁慶がまだ、鬼若丸と称していた稚児の頃に、大鯉を退治した俗談的武勇伝に取材した作品」と説明されていることから、鬼若丸の武勇伝ぶりを大げさに伝えているのだと考える。それは、幼い頃から優れていたということを表したかったのではないだろうか。

 次に、書かれている和歌と絵の関連に注目してみる。「恋ぞつもりて淵となりぬる」のこひを古池に年久しく住み、害をなす鯉に見立てた絵と資料には書かれていたように、恋と鯉でかけているところはわかりやすく、おもしろい。


[参考文献]

The Hundred Poets Compared - A Print Series by Kuniyoshi/Hiroshige/and Kunisada 2007,Henk J. Herwig/ Joshua S. Mostow,Hotei Publishing

〔古典聚英9〕浮世絵擬百人一首 豊国・国芳・広重画 平成14年(2002),吉田幸一,笠間書院


『百人一首 秀歌選』 訳 久保田 淳 昭和六十二年七月 ほるぷ出版

『百人一首』 編集 井澤 豊一郎 2005.12 世界文化社

『歌舞伎名作事典』  1983.3 演劇出版社