●「太平記忠臣講釈」(文化9・7・15中村座)
文化9年7月15日 江戸中村座 上演三代目中村歌右衛門が七役を演じた時のもの。大序は、「義臣伝読切講釈」の序幕。七段目は、「いろは仮名四十七訓」からの書換え。義太夫の「弥作の鎌腹」はこの作品から逆輸入したもの。
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<大序 円覚寺の段>(≠第一)
・足利家の、勅使饗応役に塩冶判官(関三十郎)と桃井若狭之助(中村七三郎)が選ばれ、高野師直(中村歌右衛門)の指図をうけることとなる。師直は、かねて判官の奥方顔世御前に懸想して艶書を送っているが、塩冶の家臣大鷲文吾(市川鶴三郎)は、腰元の侍従(岩井半四郎)を顔世にしたてて、この場を逃れるよう画策をする。
・勅使に献覧の和歌の添削に事寄せて、師直は諸大名の奥方を屋敷へ呼び寄せ、賄賂を取っている。顔世御前から色よい返書が来るが、やがて訪れた顔世は、師直が抱きつく【G1-1】と文に相違して、振り払ってしまう。師直は、さては面差しの似た偽物かと悟り、恨みを含む。
<二段目 饗応の段>(≠第一)
・足利家の御殿に諸大名が出仕する。判官(関三十郎)は、出仕の刻限、服装ともに師直(中村歌右衛門)から偽りの教えを受けたため、満座の中で恥じしめられる。また、勅使へ献上の松月の一軸も、師直が難癖をつけて破り捨ててしまう。
判官は、石堂右馬之丞(荻野伊三郎)に諫められて一旦は堪忍するが、さらに勅使への配膳でも偽りを教えられる。
師直は、判官が顔世と諮って自分に恥辱を与えようとしたものだろうと、散々に辱め、【G1-2】判官は、ついに師直へ刃傷に及ぶ【G1-3】。大名大勢が屏風をたて回して判官を囲うが、判官は屏風を乗り越えて、なおも刀を投げるものの、師直を取り逃がす【G1-4】。
<三段目 本国の段>(=第二)
・塩冶の本国では、饗応役を終える祝いに酒宴を催している。蜂の巣の戦いに大星由良之助(中村歌右衛門)が不吉の前表を察する折から、鎌倉表より大星力弥(尾上松助)が早駕籠で判官の刃傷を伝えるが。由良之助は朝からの亭主役の疲れと称して休息してしまう。やがて第二の早駕籠で、千崎弥五郎(関三十郎)【G1-a】と斧定九郎(中村東蔵)が判官切腹と屋敷召し上げを報じる。
・酒を過ごした由良之助【G1-5】に対して、斧九太夫(市川市蔵)は、城を枕に討死する者が血判の上、御用金を配分することを提案する。九太夫は早野三左衛門(市山七蔵)に帳面を調べさせ、御用金の吟味をするが、由良之助が悉く使途を言いほどく。最後に九太夫が、千両の不足金を問いただすと、由良之助は室の揚屋で使い果たしたと言って酔い潰れるので、一同は呆れて退出する。
・一人残った由良之助は、千崎が残していった判官切腹の九寸五分に、復讐を誓う。
<四段目 九太夫切腹の段>(=第三)
・鎌倉表の館を召し上げられ、切髪姿となった顔世御前(岩井半四郎)を慰めのため、本国の館で酒宴が催されている。人払いをした顔世御前が由良之助(中村歌右衛門)と艶書を手渡しあうので、様子を窺った由良之助の女房お石(市川おの江)と天川屋義平(荻野伊三郎)は憤る。
・斧九太夫(市川市蔵)が、由良之助と顔世御前の不義を責めたてるので、由良之助は切腹を願い出る。力弥が腹切刀を三方に載せて出て、九太夫の前に据えるので九太夫が驚くと、由良之助は、九太夫が師直と通じて御用金を盗んだ咎を暴くための偽りの不義と明かして、九太夫に詰め腹を切らせる。
・義平は謝り入って、一子義松(尾上栄三郎)を由良之助に養子としてさし出し、夜討の用具一切の用意を引き受ける。
<五段目 石切の段>(=第四)
・早野三左衛門は九太夫が盗んだ御用金紛失の咎で切腹した。その倅勘平(尾上松助)は、主君の勘気を被り、今では五郎太と名を変えて、京白川の石屋に奉公している。
琴の指南をする吃りの娘お組(中村歌右衛門)とは理無い仲で【G1-b】、お組が用立てる金子を由良之助に届けて、父三左衛門の咎を償って連判に加わろうとしている。
石屋の後家お礼(助高屋高助)は、女ながら剣術指南の看板を掲げ、お組の婿を求めている。手練自慢の北村伝次(桐嶋儀左衛門)と入間丑兵衛(中村東蔵)が訪れるが、勘平にうち負かされる【G1-6】のを見たお礼は、勘平を婿と定めて敵討の助太刀を願う。
・目指す敵は大星由良之助、お礼は斧九太夫の後家と知った勘平は驚き、お組に縁を切るよう頼むので、お組は琴の唱歌にあわせてかきくどく【G1-7】。
・折から由良之助(中村歌右衛門)が、亡君の石碑建立を勘平に依頼するため訪れる。由良之助は、出迎えた勘平が陰腹を切っていることを見破り、その志を惜しむ。様子を聞いたお組も自害、お礼は勘平を連判に加えるために、お組と勘平を勘当して九太夫との縁を絶つ。勘平は、父の敵九太夫に見立てて、石塔を切り割って落ち入る【G1-8】。
<注>【G1-7】左側に琴をひく歌右衛門のお組が描かれているはずである。
<六段目 祇園町の段>(第五)
・判官の弟縫之助(尾上紋三郎)は、石堂家の養子となっているが、祇園で傾城浮橋(藤川友吉)にうつつを抜かして放埒の限りを尽くしている。太鼓持ちの近江屋次郎左衛門(中村歌右衛門)が、座敷の隠し芸に道成寺の道行を人形出遣いで遣ってみせる【G1-9】【G1-P1】と、その祝儀に百両をポンとやる有様。
・浮橋には、師直の昵近の山名(大谷門蔵)が横恋慕。後金が都合できぬ縫之助を諦めて山名へ身請けさせる亭主才兵衛(市川の助)の雲行きに、浮橋は自害しようとするが、次郎左衛門が止めて異見をする。縫之助の養父右馬之丞から、勘当の書面が届く。兄判官の仇を報ずるために、わざと勘当をうけた縫之助は、大星力弥(尾上松助)の勧め【G1-10】【G1-P2】によって早野勘平と名を改めて連判に加わる。
・この様子を窺っていた斧定九郎(中村東蔵)を、次郎左衛門が叩く拍子木の音に紛らせて、力弥が討ち取る。
<七段目 神崎村の段>(≠)
・千崎弥五郎(関三十郎)の兄弥作(中村歌右衛門)は、女房おかよ(藤川友吉)と共に神崎村で百姓をしている。久々に弥五郎が訪ねてきたのを喜んだ弥作は、土地の代官軍次兵衛(大谷門蔵)紹介の、弥五郎の養子の口を持ちかける。弥五郎はやむなく弥作に敵討の大事を打ち明けて、養子の件は断ってくれるようにくれぐれも頼む。弥作は、軍次兵衛のところへ断りにゆくが、口下手から返答につまって敵討の事を洩らしてしまう。弥五郎には巧く断ったと偽って出立させるが、軍次兵衛から敵討の件を注進すると脅された弥作は、やむなく軍次兵衛を鉄砲で撃ち殺す。申し訳に草刈り鎌で切腹した弥作を、虫が知らせて立ち戻った弥五郎が介錯する【G1-11】。
<八段目 辻君の段>(第六)
・雪の散らつく七条河原。通りがかりの田舎萬歳(中村歌右衛門)【G1-12】も怖じ気をふるう御面相の夜鷹たちが網をはる。遅れて来たおりゑ(岩井半四郎)は夜鷹には稀な器量【G1-c】、忽ち客がつくが、舅の煩いと子供の疱瘡で貧苦に迫り、舅夫にも隠れた勤めなので、枕を交わすことだけは許してほしいと願うと、客も同情して金をやって帰る。
・そこへ祇園から浮橋(藤川友吉)が逃げてきて夜鷹たちに匿われる。浮橋は焚き火の火影で兄嫁のおりゑに気づき、互いの身の上を嘆く。おりゑは、非人が埋め隠した跡を金かと思って掘り起こす内、その非人、実は夫の矢間重太郎(中村歌右衛門)と顔を見合わせてしまう【G1-13】。
<注>【G1-12】実際には顔を会わせない歌右衛門の萬歳と半四郎のおりゑを、同じ場面として組合せたもの。
<九段目 重太郎内の段>(第七)
・おりゑ(岩井半四郎)は浮橋(藤川友吉)を伴って我が家へ帰るが、互いの勤めのことは堅く内緒と約束する。
・父喜内(助高屋高助)は病の床にあるが、娘の帰りを喜ぶ。そこへ羽織袴の立派な出で立ちで、矢間重太郎(中村歌右衛門)が帰宅する。おりゑは昨夜の邂逅に胸を痛めるが、重太郎はそぶりも見せない【G1-14】。
・喜内は、重太郎が仕官をしたと聞いて激怒。女房おはし(荻野伊三郎)が宥めても聞き入れない。重太郎がこれ幸いと親子妻子の縁を切るので、おりゑは疱瘡の太市(尾上栄三郎)を連れてゆけと迫り、重太郎は門口で当惑する。折から江戸下りの時刻延引を催促され、重太郎は詮方なく太市を刺し殺す。様子を窺った喜内は、重太郎の志を嘉し、親子で手を取り合う。同じく太市の死を知ったおりゑは、肌身を汚した疑いをも恥じて自害、浮橋が書置を読み聞かせて嘆く。喜内と重太郎は水盃を交わし、重太郎は江戸へ出立する【G1-15】。
<十段目 山科の段>
・山科の大星由良之助(中村歌右衛門)の閑居では、大工左官が大勢で土蔵の普請をしている。そこへ鎌倉より師直の上使として飾磨宅兵衛(市川市蔵)が来る。宅兵衛は、師直に奉公を願う由良之助の心底を疑い、判官無念の最期の様子を改めて言い聞かせ、大星大三郎(中村明石)が出した茶も撥ねつけるので、茶碗から小判が零れ出る【G1-P3】。宅兵衛は、師直への一つの功として、顔世御前と判官の遺児為若の首を所望して奥に休息する。
・塩冶の足軽寺岡平右衛門の妻お北(藤川友吉)が一子平吉(市川助蔵)を連れて訪れ、夫の加盟を願うが、由良之助はとりあわず、逆にお北に色を迫る。お北は、由良之助が残した鯉口を抜きかけた刀から、平吉を為若の身替りにせよとの謎を悟る。
・お北が平吉に刃を振り上げた途端に、由良之助は奥からお北を止め、さらに飾磨宅兵衛を寺岡平右衛門と見顕わして連判に加盟を許す。普請の大工左官は皆々、義士の面々と姿を変える。由良之助は暁天の星を占い【G1-16】【G1-P4】、太白星が衆星の光を奪う幸先の吉相を祝して、一同とともに出立する。
<注>【G1-P3】大三郎のはずであるが、上演前の予定稿で力弥に描かれたものか。
<十一段目 夜討の段>
・師直(中村歌右衛門)の邸へ討ち入った、大星由良之助(中村歌右衛門)以下の一同は、奮戦の末、めでたく本懐を遂げる。
(演劇博物館「初代歌川豊国展パンフレット」のあらすじ本文を基本に一部修正した)