山姥

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やまんば Yamamba


総合


歌舞伎

常磐津の舞踊劇。三升屋二三治作。嘉永元年(1848)八世市川団十郎初演。 能の「山姥」をもとに近松門左衛門の書いた「嫗山姥」はいまでも歌舞伎、文楽で上演される「八重桐廓話」(しゃべり)として残っているが、舞踊の「山姥」もこの近松作を基礎にたくさん作られてきた。いま舞台で演ずるのはいわゆる「新山姥」という幕末期に出来たもので、その集大成版というべきもの。 場面は足柄山の山中で、坂田蔵人の八重桐(山姥)は遺児怪童丸を育てていたが、頼光の家来の柴苅に見出され、坂田公時となって都へ上るという筋である。----


画題

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解説

画題辞典

山姥は、謡曲にも「山姥は山に住む鬼女とこそ曲舞にも見へて候」とある如く、深山に住むと假想されし山姑をいふ昔足柄山にありて猿鹿を件侶として其児を育す、児を金太郎といふ、生長して坂田金時となり、源頼光が四天王たりとは,我が昔噺の説く所なり、謡曲「山姥」は拾葉抄に其材を採り、都の女郎の山中に宿りて山姥の山廻りを見ることを叙す、戯曲「山姥」に於ては之に怪童丸即ち金時を添ふ、山姥を画くもの、厳島神社々寶長澤蘆雪の筆最も名高し、橋本雅邦にもその画あり、浮世絵にては必ず金時を配す、東京帝室博物館に月岡雪鼎の筆あり。 (『画題辞典』斎藤隆三)

東洋画題綜覧

山に住む鬼女の相貌を、赭面金眼にて表はす、或は白頭、又は山姥鬘を頂いて登場する、その骨相の似よりして稀には『頼政』に代用することがある。 (『東洋画題綜覧』金井紫雲) (一)能の曲名、都の遊君百魔山姥とて、山姥の曲舞に有名なる者、人を伴ひ善光寺に詣でやうと越中越後の境川に来ると、忽ち空闇となつて途方に暮れる、こゝに女性が現はれお宿を参らせんと導き行く、さて遊君に山姥の舞を所望し其曲舞に名を得給ひし上は歌舞の妙音を以て仏事をなし、誠の山姥をして輪廻を免れしめ給へ、我こそは誠の山姥なれと云ふ、遊君驚き恐れつゝ拍子を進めて謡はうとするを暫く待ち給へ、夜に入つて誠の姿を現はし我も舞ふべしというて消える、やゝあつて月光物凄しき山陰から鬼女の姿で出で来り遊君に謡はせつゝ四季の山廻りを舞ひ、名残を惜みつゝ去る。 シテは女、後シテ山姥、ツレ百魔山姥、ワキ都人、処は越中である。此の山姥を画材としたものに有名なる長沢芦雪筆(安芸厳島神社蔵)があり、近く能の山姥を橋本永邦が第十三回院展に出品してゐる、 此の能の山姥から脱化したものに近松の『嫗山姥』があり、阪田蔵人時行が妻のなれの果とし更に金太郎、即ち阪田金時を添へたのが、戯曲の方面にあつて行はれてゐる、その『四季山廻り』は左の通りである。 「あしびきの、「山めぐり、「一樹の陰、一河の流れ、皆これ他生の縁ぞかし、ましてや我名を夕月の浮世をめぐる一節も、狂言綺語の道すぐに、讃仏乗の因ぞかし、あら御名残をしや、いとま申して帰る山の、「春は梢に咲くかと待ちし、「花を尋ねて山めぐり、「秋はさやけき影を尋ねて、「月見る方に山めぐり「冬はさえ行く時雨の雲の「雪をさそひて山めぐり、「めぐり/\て輪廻を離れぬ妄執の雲の、塵つもつて山姥となれる、鬼女が有様みるや/\と、峰にかけり谷に響きて、今までこゝにあるよと見えしが、山また山に山めぐりして行方も知らずなりにけり。  (謡曲山姥) (二)能面の名、のうめん「能面」の項を見よ。       (『東洋画題綜覧』金井紫雲)