土蜘

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つちぐも


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歌舞伎

長唄舞踊劇である。河竹黙阿弥作。明治十四年(1881)五世尾上菊五郎が祖父三世菊五郎の三十三回忌を記念として発表したもの。 能の「土蜘蛛」を原曲とし、それに近づけた松羽目物。江戸時代の歌舞伎では顔見世舞踊の重要な演目であった。初演は五世尾上菊五郎。五世尾上菊五郎は市川家の歌舞伎十八番や新歌舞伎十八番に対抗して尾上家の新古演劇十種を制定し、その一つとした。 <梗概>
病床に伏している源頼光のもとに、家臣の平井保昌が見舞いに訪れる。平井保昌は頼光の病気が快方に向かっていることを知って喜ぶ。平井保昌は頼光の言葉に従って、奥で休息をとることにする。そこに典薬頭の使いとしてやってきた侍女胡蝶に舞を披露してもらう。
胸の苦しみを覚えた源頼光のもとへいつの間にか智籌と名乗る比叡山の僧侶が居るのに気付く。智籌は諸国修行の物語をし、頼光も五大明王の問答をするが、太刀持ちが見た、火影に映る僧侶の姿は人間のものではなかった。頼光は僧侶が葛城山に長年住みつく土蜘蛛の化身であることを見破る。千筋の糸を繰り出して襲いかかる僧侶に頼光は名剣膝丸を抜き、斬りつけるとその威徳で僧侶は逃げていった。騒ぎを聞きつけて駆けつけた平井保昌は頼光の病気の原因が土蜘蛛であることを悟る。頼光は膝丸を蜘蛛切丸と名付け、頼光は平井保昌と四天王に土蜘蛛退治を命じる。
平井保昌と四天王は血の痕を辿って土蜘蛛の後を追って葛城山に辿りつく。土蜘蛛の精は立ち向かう武者たちに蜘蛛の糸(千筋の糸)をまき散らし、体の自由を奪う。しかし、名剣の威徳で土蜘蛛の精は取り押さえられる。そして平井保昌と四天王は苦戦の末に土蜘蛛を討ち取る。

これより、この作品は、能の「土蜘蛛」と内容はほとんど変わらない。しかし、能の「土蜘蛛」とこの作品の異なる点は、能の「土蜘蛛」において土蜘蛛を退治するのは一人武者とその従者であるのに対し、この作品は平井保昌と四天王である。
能の「土蜘蛛」を基にたくさんの土蜘蛛に関連する作品が上演されてきたが、この作品は能の「土蜘蛛」だけでなく、それらの作品の影響を受けて作られた作品であると思われる。 <参考文献>
『名作歌舞伎全集 18』東京創元社 1969年
『明治文学全集 9』筑摩書房 1966年
『歌舞伎登場人物事典』演劇出版社 1996年
『歌舞伎事典』平凡社 2000年