六歌仙

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ろっかせん


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歌舞伎

原名題は「六歌仙容彩(ろっかせんすがたのいろどり)」。清元長唄義太夫による舞踊劇。作詞松井幸二、作曲清元斎兵衛他。天保二年(1831)四世中村歌右衛門が初演した。 六歌仙というのは、僧正遍照、文屋康秀、喜撰法師、大伴黒主、在原業平、小野小町の六人をいうが、これらの人物を江戸化して軽妙洒脱な変化舞踊にした。なかでも「文屋」「喜撰」が有名で、ときに清元の名曲であり、「文屋」は文屋康秀が御所で大勢の官女を相手に恋物語、「喜撰」では喜撰法師が茶汲女祗園のお梶(昔は御所のおはした)と遊び戯れる様を叙したもの。六世尾上菊五郎、七世坂東三津五郎の当り芸とされている。


画題

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解説

画題辞典

柿本人丸、山部赤人、僧正遍昭、在原業平、文屋康秀喜撰法師、小野小町、大伴黒主の大歌人の稱なり、古今集の序に、此六人の和歌を評したるより、何時しか之を併稱して六歌仙といふに至りしものなるべし。古くは土佐住吉の画家、近世にてに琳派の画家の好んで画題に取りし所なり。土佐光起筆(東京帝室博物館所蔵) 渡辺始■筆(近江村田氏所蔵)小川破笠筆(末松子爵旧蔵) 菱田春草筆二曲屏風(細川侯爵所蔵) (『画題辞典』斎藤隆三)

東洋画題綜覧

僧正遍昭在原業平、文屋康秀、僧喜撰小野小町、大伴黒主の六歌人をいふ、その出所は、『古今和歌集』の序に 近き世にその名きこゆるひとは、すなはち僧正遍昭は歌の様はえたれども、まことすくなし、たとへば絵にかけるをうなを見ていたづらに心を動かすが如し、在原業平はその心余りて言葉足らず、しぼめる花の色なくて匂ひ残れるが如し、文屋康秀は言葉はたくみにて、そのさま身におはず、言はば商人のよき衣着たらむがごとし、宇治山の僧喜撰は、言葉かすかにして、はじめをはりたしかならず、言はゞ秋の月を見るに暁の雲にあへるが如し、詠める歌多く聞えねば、かれこれを通はして、よく知らず、小野の小町は、古への衣通姫の流なり、あはれなるやうにて強からず、言はゞよきをうなの悩める所あるに似たり、強からぬはをうなの歌なればなるべし、大伴の黒主はそのさまいやし、言はばたききをおへる山人の花の陰に休めるが如し。 六歌仙を画ける作極めて多い、一、二を挙ぐ。 土佐光起筆  東京帝室博物館蔵 小川破笠筆  末松子爵旧蔵 (『東洋画題綜覧』金井紫雲)