佐倉義民伝

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さくらぎみんでん


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歌舞伎

義民宗吾の物語は、早くから講釈にもなっていたが、嘉永四年(1851)三世瀬川如皐によって脚色、後に河竹黙阿弥が加筆し、四世市川小団次が演じて、 一代の名演技となったもの。 佐倉の領主の悪政を身をもって将軍に直訴し、一族磔の刑に逢う。叔父の光然は、子供の命だけは助かるようにと祈念をこらすが叶えられず、怒りの余り印幡沼へ入水、これらの霊は領主を悩ます。妻子と別れをつげに雪の日故郷へ帰った宗吾は、渡し守甚兵衛の情にあう。「甚兵衛渡し」の場、およびその後の妻子との別れの場は哀れだ。 中村吉右衛門の宗吾、光然の二役は当り芸であった。