D6-1 「市はら埜の図」「源頼光」
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資料名 : 「市はら埜の図」「源頼光」
作者 : 勝川春山〈1〉
員数・装丁・判型 : 大判錦絵
年代 : 天明~寛政(1781~1801)頃
資料番号 : arcUP8357妖賊・鬼童丸の説話は『古今著聞集』巻九、『前太平記』巻二十一に見える。妖賊・鬼童丸は源頼光の弟・頼信に捕らえられ、頼信の館に捕縛されていた。弟の館を訪れた頼光が、捕らわれている鬼童丸を見て鎖で更にきつく縛めるよう弟へ忠告するが、鬼童丸はそれを破って逃走した。その後天井に潜んだ鬼童丸は頼光の鞍馬詣を知り、その道中を狙って怨みを晴らそうと計略する。鞍馬の途中の市原野で、鬼童丸は殺した牛の皮を被って潜伏したが、家来の渡辺綱に見破られ、襲撃を図ろうとするも、頼光に首を落とされる。『前太平記』では、鬼童丸はもともと比叡山の稚児であったが、暴虐の限りを尽くし仏法を破滅させようとしたため比叡山を追われたとあり、酒呑童子の生い立ちに共通する部分がある。
本作は天明から寛政年間(1781~1801)にかけて活動した勝川春山(?~?)によるもので、源頼光・渡辺綱の主従が臨戦態勢でのぞき込む先に牛の頭と毛皮が見える。鬼童丸の姿や戦いの場面は直接描かれずとも不穏な空気が伝わり、また、牛の皮が鬼童丸を象徴する重要なものとして当時の人々の間で定着していたであろうことがうかがえる。
市原野は左京区中西部の一地区で、鞍馬寺へ向かう鞍馬街道沿いに位置する。平安時代には遊猟地であったがのちに葬送地となり、また、盗賊の跋扈する地域であったとされる。なお、頼光が鞍馬詣の折に渡ったとされる橋が「頼光橋」という名で現地に今も残る。(I)