B2 もう一人の鬼 鬼童丸.

『和漢準源氏 市原野鬼童丸』

絵師:歌川国芳 判型:大判錦絵
出版:安政2年(1855)
所蔵:舞鶴市糸井文庫 所蔵番号:01ル66.

【解説】
 保昌と直接関わるのではないが、頼光説話の中で、酒呑童子退治の後日譚として伝わるのが、鬼童丸(鬼同丸とも)である。これが後に袴垂と融合して保昌の伝説とも絡んでくる。
 鬼童丸は、比叡山にあって大師坊の稚児であったが、力は人に優れ、稚児法師を殺し、経論を焼き捨て、天狗道の妖術も学んで仏法を破滅させようとして、山を追出された。まさに酒呑童子や弁慶と同じような経歴を持つ。市原野の洞窟に住み、天狗等と語らい、世間を悩ませていたが、頼光の弟の源頼信とその郎党により生け捕りにされた。
 *岩窟から出る鬼童丸(『前太平記』MM0234-12)
 九州の任を終えて都に戻り、弟の邸に招かれた頼光は、頼信の邸で捕縛されていた鬼童丸を見て、鎖できつく縛るように忠告するが、頼光を恨んだ鬼童丸は逃亡する。
 *頼信の邸で捕縛を逃れて木の上に忍ぶ鬼童丸(『前太平記図絵』MM0114-04
 天井に忍んで頼光が鞍馬詣をするのを知った鬼童丸は、京都の辺境の地、市原野で待伏せして、頼光の命を狙うこととする。
 鬼童丸は、牛を一頭殺し、その皮の中に隠れて待つが、通りかかった渡辺綱が死んでいるはずの牛の皮が微動しているのを見逃さず、それを目がけて弓を射る。飛出した鬼童丸が、押えようとする四天王を振り切って馬上の頼光に迫るが、頼光はすこしも慌てず太刀を抜いて、鬼童丸の首を落とした。鬼童丸の動態は、なおも両手を広げ走り回ったが、四天王の手でばらばらに切り刻まれてしまった。
 鬼童丸は、天狗との結託、比叡山からの追放により、人間でありながら異界に一歩踏出した異人である。しかし、頼光と対面した時には、人間界に絡め取られていた。そして、死した牛の皮を被ることで異界への入口で待伏せしたのであったが、すでに大江山に入り、異界を知っていた頼光と四天王の前では、その妖力は通用しなかった。"鬼同前"の鬼童丸は、酒呑童子と同じく、「鬼」の首をとられ、酒呑童子の退治の「もどき」として、退治されてしまったのである。
 なお、卜部季武が主用で市原野を通り、赤裸の大男が道ばたに寝ているのを見向きをせずに通り過ぎ、その振舞いが称美される話も伝わっているが、この大男も鬼童丸である(『高名武者譚』)。
 さて、本図は、裸の鬼童丸が、いままさに斬殺した牛に座って太刀を収める場面である。鞍馬に向かう頼光一行の姿が小さく描かれている。(池a).