D1-2 『平家物語』剣巻の綱.

「渡辺綱」「一条戻り橋」

絵師:未詳  判型:半紙本の零葉(合羽摺)
出版:安永頃(1772~1780)
所蔵:立命館ARC  所蔵番号:arcUP5769.

【解説】
 『平家物語』剣巻では、一条戻橋の上で渡辺綱と鬼女が戦う場面が取り上げられている。綱は源頼光の使者として一条大宮に遣わされ、夜、一条堀川の戻橋を渡るが、橋の東の橋詰で彼は美女に出会う。五条あたりまで行きたいが、心細いので送ってほしいという彼女の頼みを聞き入れ、綱は彼女を馬に乗せるが、女は途中で本当は自分の家は都の外にあるのだという。綱が彼女の家までおくると申し出ると、彼女はたちまち恐ろしい鬼に姿を変え、自分の住んでいるところは愛宕山だといい、綱のもとどりをつかんで飛んでいくが、綱は頼光から持たされていた宝刀、髭切で自分をつかんでいた鬼の腕を切り落とし、難を逃れる。
 その後、綱は切り落とした鬼の腕を持ち帰り、自らの屋敷で物忌みしていたが、訪ねてきた養母を屋敷に入れてしまう。しかし、養母の正体は鬼であり、綱の切り落とした片腕を取り戻し、逃げ去っていくのである。
 この作品では、鬼の正体を現した美女と綱が戻橋の上で戦う様子が描かれている。
 剣巻では、この直前に渡辺綱たちの時代より二百年ほど前に嫉妬によって宇治川で鬼となった女房の話が収められており、鬼女の正体はこの宇治の橋姫であるとするものもある。綱はこのような橋など境界に現れる、怪物に勝利する英雄であった。
 この話は後世、羅城門に棲む鬼の伝説と融合し、謡曲「羅生門」に発展し、明治になると河竹黙阿弥によってこの話を基にした舞踊劇『戻橋』がつくられるなど、綱の活躍する物語の多くがこの話を基としている。(豊).