2.3.1.〈7〉市川団十郎
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絵師:豊国〈1〉
判型:大判/錦絵
上演:文化10年(1813) 1月17日 江戸・森田座
外題:例服曽我伊達染(しきせものそがのだてぞめ)
配役:三浦荒男之助〈7〉市川団十郎
資料番号:arcUP8358 所蔵:立命館ARC。7代目市川団十郎 寛政3年(1791)~ 安政6年(1859)3月
寛政6年(1794) 8月、4歳にて初舞台。寛政12年に10歳で団十郎を襲名した。文化・文政期から安政に至るまで活躍。小柄ながら眼が大きく、口跡にすぐれ、荒事・和事・実事・実悪・色悪、所作事など多芸多能であった。天保13年(1842)、奢侈僭上の疑いで江戸十里四方追放になるが、天保の改革時における見せしめにされたものである。
天保3年(1832)、長男に8代目市川団十郎を襲名させ、自身は市川海老蔵(5代目)となり、「助六所縁江戸桜」を記念の演目に出したがそれに「市川海老蔵流寿狂言十八番の内」と称した。これは市川家の記念すべき演目が18演目ある宣言したもので「歌舞伎十八番」の最初の演目となった。寿狂言とは、江戸の座元が披露する古来からの演目のことであるが、市川家が座元に匹敵する役者の家であると権威付けを行ったもので、市川家が数ある役者の家の代表であるというブランディングに成功した。また、天保11年(1840)年に初演された「勧進帳」は、やはり歌舞伎十八番の一つであるが、能楽「安宅」を歌舞伎化した「松羽目物」の早いものである。(a.)
