大洲城

大洲城は、鎌倉時代末期の1331年(元弘)伊予守護の宇都宮豊房が築いた「地蔵ヶ嶽城」が始まりといわれ、戦国末期まで200余年にわたって居城とした。豊臣秀吉の四国平定後は小早川隆景、戸田勝隆、藤堂高虎、脇坂安治と城主が次々と代わったが、その間に近代城郭へと整備が行なわれ、1617年(元和3)加藤貞泰が城主となったころには城郭のほとんどが整備されていたと考えられている。以降、加藤氏の治世が続き明治に至る。城は肘川に突き出た標高20mの地蔵ヶ嶽に築かれ、山頂本丸上段の中心には、多門櫓でつながれた台所櫓と高欄櫓の左右の二重櫓を従えた四重四階の天守がそびえていた。

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