宇和島城

宇和島城は、リアス式海岸の宇和海の最深部に位置する、中世に築かれた板島丸串城の跡地に1596年(慶長1)藤堂高虎が入城し、自身の初の居城として大改修に着手。1601年(慶長6)天守が完成し近世城郭としての体裁を整えたが、高虎は国分に移封され1602年(慶長7)今治城の築城を開始する。高虎の後、富田信高を経て1614年(慶長19)伊達政宗の長子秀宗が入った。このころ地名が板島から宇和島と改められた。二代目宗利が1676年(寛文6)高虎創建の望楼型天守を現在残る三重三階の層塔型天守へと建替、あわせて城郭の大改修を行った。この後も伊達氏9代の治世が続き明治に至る。

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