E 明石城
-
-
小笠原忠真が1617年、大阪の陣の軍功によって明石に入り10万石の明石藩が新設された。翌年、西国諸藩に対する備えとして2代将軍秀忠により築城の命が出る。幕府は普請奉行の派遣や普請費用の負担も行い、一国一城令によって廃城となった近隣の船上城等の用材をも利用し、1619年、ほぼ1年の短期間で完成させた。
自然地形を巧みに利用して明石海峡を望む丘陵端に築かれ東西の尾根筋を総石垣として主要部の曲輪が置かれた。縄張りの中心にある本丸には巨大な天守台が造られたが天守は当初から建てられなかった。しかし四隅には三重櫓が構えられそのうちの2つは現存している。これらを含み城内には20基の櫓と城門27棟が立ち並んでいたという。