E 大阪城
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大阪城は豊臣秀吉が1583年から築城を開始し、1585年に安土城を凌駕する黒漆喰塗で、金色に輝く彫刻がはめ込まれた豪華絢爛な望楼型五重天守を完成させ、これが豊臣大阪城となる。しかし1615年の大坂夏の陣で大坂城は炎上、豊臣氏は滅亡。1620年に徳川氏は天下普請を命じ、豊臣大坂城の縄張りの上に盛り土をし、石垣はより高く、堀はより深く、10年に渡る大規模な再興工事が行われ、1626年に外壁が白漆喰の徳川大坂城天守を完成させた。しかしこの天守は1660年の落雷で甚大な被害にあい、更に1665年には天守に落雷を受け焼失。現在の天守は1931年に豊臣大坂城を模して徳川大坂城天守台上に建てられたものである。
現在大阪城は台地上に建てられているため北・東・西は本丸から見て低地となっており、周囲は淀川とその支流が流れており天然の堀となっている。このように防御力のとても高い大阪城だが台地の北端にあるため南側は平地となっており弱点となっている。それを補うために西方から南方を囲むように土塁による惣堀がめぐらされている。今の大阪城は徳川期のものだが豊臣期は4倍もの面積があったとされている。