B3-5 文福茶釜

作品名:「新形三十六怪撰」「茂林寺の文福茶釜」
出版:明治25年(1892)
絵師:月岡芳年
判型:大判錦絵
所蔵:国立国会図書館(NDL-542-00-036)

伝承にまつわる妖怪の一人として、次は『茂林寺の釜』に出てくる化け狸を紹介する。一般的に「文福茶釜」と聞けば、狸が釜に化ける昔話の方を思い起こすのではないだろうか。その昔話のモデルとなったものが、群馬県館林市の茂林寺に伝わる『茂林寺の釜』である。昔話とはかなり違った説話で、狸が茶釜に化けるのではなく、本図に描かれているように僧に化けた狸が不思議な茶釜を持っているというものである。

茂林寺で代々の住職に仕えていた守鶴という僧がいた。元亀元年(1570)、茂林寺で千人法会が催された際、多くの来客に茶をふるまうための湯釜が必要となった。その時、守鶴は一夜のうちに、どこからか一つの茶釜を持ってきて茶堂に備えた。ところが、不思議なことにこの茶釜はいくら湯を汲んでも尽きることはなかった。守鶴は、自らこの茶釜を、福を分け与える「紫金銅分福茶釜」と名付け、この茶釜の湯で喉を潤す者は、開運出世・寿命長久等、八つの功徳に授かると言った。その後、守鶴が昼寝をしていたところ、別の僧がその様子を覗き見たとき、守鶴の股から狸の尾が生えていた。守鶴の正体は、数千年を生きた狸で、かつてインドで釈迦の説法を受け、中国を渡って日本へ来たのだった。不思議な茶釜も狸の術によるものだった。正体のばれた狸は、これ以上、ここにはいられないと悟り、名残を惜しみながらもさることを決意。その時、人々に源平屋島の合戦と釈迦の説法の二場面を再現して見せた。人々が感涙にむせぶ中、守鶴は狸の姿となり、飛び去っていった。

この説話を基にして、昔話 『文福茶釜』が創作されたといわれている。(小山)

参考文献
国際日本文化研究センター「怪異・妖怪画像データベース」
曹洞宗茂林寺『文福茶釜と茂林寺』「曹洞宗茂林寺HP」

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