F8 四谷怪談のパロディ春本.

作品名:『絵本開談 夜之殿』
出版:文政(1818~1830)後期
絵師:歌川国貞〈1〉、作者:烏亭焉馬〈2〉
判型:半紙本 3冊
所蔵:立命館ARC(arcBKE2-0001).

2代目烏亭焉馬(猿猴坊月成)、歌川国貞によってつくられた江戸期における仕掛艶本の最高傑作。
猿猴坊月成
は元江戸南町奉行の与力であり、文政11年に2代目焉馬を襲名した。春本制作の際は、猿猴坊月成の名を使っている。ちなみに「猿猴坊」という語は安永期の落語本『豆談語』に登場するもので「女子の経水を云ふなり」、つまり月経の隠語の意味合いがある。猿の尻が赤いことからその名がついたとされ、実際の艶本には「猿猴坊紅の月成」の号が記してある。当時のペンネームからもその趣深さが伝わってくる。

『開談夜之殿』発刊の背景には国貞艶本の処女作『百鬼夜行』の成功がある。『百妓夜行』と言葉を変え、怪談の形式をとりながら当時の女性たちを性生活をつまびらかにしたものだ。上巻、中巻、下巻の三部作で構成されたこの作品は瞬く間に好評を博し、その続き『百妓二編』として発刊される運びとなった。前作のヒットを超える作品を作ろうと前衛的な描写がふんだんに使われているが、江戸の文芸愛好家もその存在を知らないものも多かったという。その理由を春画研究の権威である林美一氏は『江戸艶本大辞典』で次のように述べている。

 上巻の見返しに大きく「百妓二編」、内題に「百鬼二編」と角書して大いにシリーズであることを強調しているが内容に関連性はない。(中略)表紙のデザインにしろ、仕掛絵の趣向にしろ、いずれも月成の考案だろうが、こうしたものを見ると月成も凡庸ではないことがわかるが、結局戯作者として名をなさなかったのはこうした断片的滑稽の才はあっても、首尾一貫して一編を構成する創作的才能に欠けていたためであろう。

 確かに、林氏の指摘通り一貫した戯作をかけなかったのは戯作者としては致命傷だったのかもしれない。しかし、その瞬間的に爆発するような可笑しさを秘めた作品であるのは言うまでもない。その代表的な場面を見ていきたい。