アフリカ系アメリカ民謡(4)
ブルース blues

 ブルースといえば、アメリカ黒人起源のポピュラー音楽の最も重要なジャンルの一つだが、もともとブルースは、いわゆるマスメディアに根ざした大衆音楽として始まったのではなく、奴隷解放後、アメリカ南部の黒人社会の中から民俗音楽として生まれた 。 そのルーツと考えられるのが、奴隷制時代の労働歌や宗教歌である。特に密接に関係があると思われるのはフィールド ・ハラーだ。ブルースとフィールド・ハラーには様々な共通点があるからだ 。 一人で即興的に歌うこと、個人の感情の発露であること、哀愁を帯びた曲調、などである。しかし、集団で歌う労働歌や宗教歌との共通性もある。例えば、ブルースの歌い手と、その伴奏楽器の間の「呼びかけと応答」 (call and response) の形式である 。 ブルースは、今でこそバックアップバンドを伴って演奏されることが多いが、もともとは歌手が自分で弦楽器などで伴奏をしながら歌うのが主流だった 。 そして、歌い手と、歌い手自らが弾く楽器は、黒人の労働歌や霊歌におけるリーダーとグループ(コーラス)のような関係を作り出す 。 歌われる歌詞の一行一行に対して、楽器の合いの手が入るのだ。まるで歌手と楽器が対話をしているよな感じである 。 これは、バンドが伴奏をしているときでも同じだ(音楽:"Life Saver Blues"  The Roots of Robert Johnsonより) 。

ブルーノート blue notes

 その他の音楽的特徴としては、ブルーノートの使用がある 。 ブルースは、ある音を不規則的に微妙に低めに歌うことによって、哀愁を帯びた曲調を作り出すが、その「微妙に低められた音」がブルーノートである。では、何より低目かというと、長音階における3度、7度、そしてまれに5度の音(ドレミファソラシドの中の、ミ、シ、まれにソに当る音)が、その本来の音程より微妙に低められるということである 。 これらの音が低められると短調、つまり哀しい曲調になるが、ブルースにおいては、これらの音が低められたり、低められなかったりするので、長調と短調の間を揺れ動くような、独特な曲調が作り出される 。
「微妙に低め 」というのは、必ずしも半音下げる(フラットにする)わけではないということだ。ピアノでは無理だが、声や弦楽器などでは半音よりももっと狭い音程で音を下げることができる 。 例えば、ミとミのフラットの間の音など。ミクロの音程における音のゆらぎといったほうが適切かもしれない 。

AAB 形式

もう一つ、ブルースに特徴的なのは、AAB形式であるが、この形式はごく初期のブルースにおいては固定的ではなく、その変形や全く違う形式も多く見られる 。 ブルースが商業ベースに乗って普及するに従い、柔軟だった演奏スタイルが形式化され、AAB形式が定着してきたのだろう。民謡の普及に伴うスタイルの洗練・形式化は、他の様々な民謡(例えば日本の民謡)においても見られる現象だ 。
さて、ブルースにおけるAAB形式は、歌詞と音楽の両方に当てはまる。まず歌詞から見てみると、詩の各節がAABという三行の句から成り立っている 。 つまり、一行目でひとこと言い、二行目でそれを(またはその変形を)繰り返し、三行目に新しい文句が来る。この形式の句が幾つか集って、一つの歌となる(歌詞例:"Crossroads Blues" by Robert Johnson)。
それぞれの詩節におけるAとBは、内容的に、問いと答え、あるいは問題提起とそれに対する結論、というような関係を持つことが多い。歌詞における一種の「呼びかけと応答」 (call and response) の形式と言えるかもしれない 。
 さて、では音楽はどうかというと、歌詞がAAB形式の場合、音楽もまたAAB形式になる。詩の一行目と二行目(AA)で、同じメロディーを繰り返し、三行目の新しい歌詞(B)で新しいメロディーが歌われる 。 メロディーのA部分は、音楽的に 「問いかけ 」にあたり、それだけでは中途半端で宙に浮いている感じである。B部分はそれに対して「答え」にあたり、ここで初めて音楽的終止感が得られる 。 つまり音楽におけるA部分とB部分も、「呼びかけと応答」の形式をとっているといえる(例:"Sweetblood Call"のサウンド歌詞)。
このように、ブルースにおいては「呼びかけと応答」の形式が複数のレベルにおいて見られる 。歌い手と楽器の間、歌詞のA部分とB部分の間、そして音楽のA部分とB部分の間に、それぞれ「呼びかけと応答」が成立しているのだ 。

ボトルネック ・ギター bottleneck guitar

 最後にブルースの音楽的特徴として、ギター奏法の一つ、ボトルネックがある。ボトルネックとは、文字通り、ビール瓶などの瓶の、細くなっている首の部分である 。 この部分を瓶からポキンと折って、左手の薬指や中指にはめ、弦の上でスライドさせたり揺らしたりして、ウィ〜ンという曲線的な音や微妙な音の揺れ(ヴィヴラート)を出すのが、ボトルネック・ギター奏法である(音楽1:"Black Ace" by Black Ace, Country Blues Bottleneck Guitar Classicsより;音楽2:"So Lonesome" by Ramblin’ Thomas, Country Blues Bottleneck Guitar Classicsより)。瓶の首の代わりに、牛のあばら骨を削ったものや、水道の鉛管を切り取ったものを使うこともあった。今でもこの奏法はブルース、ジャズ、ロックなど様々なジャンルで使われているが、現在はボトルネック奏法のためのガラスや金属の筒が市販されており、自家製の道具よりも一般的になった 。
ボトルネック奏法は、アメリカ南部でも特にミシシッピ州のデルタ地帯が起源といわれているが、ブルースの普及と伴にこの奏法も広く普及し、代表的なブルースギター奏法として定着した 。