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総合

今様擬源氏 十


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【翻刻】 榊

神垣はしるしの杉もなきものを いかにまがへてをれるさかきぞ

姫(ひめ)ハ亡父(ぼうふ)の遺命(いめい)を請(うけ)つぎ大望(たいもう)の企(くわだて)ありて夜毎(よごと)に水無(みな)の川(かわ)垢離(こり)をとり百日無言(ひゃくにちむごん)の難行(なんぎやう)を修(しゅう)し松明(たいまつ)の火影(こかげ)に劔鏡(けんきょう)を輝(かがやか)し一日一個の死首(しそう)を筑波明神(つくばみやうじん)に捧(ささ)ぐ


絵師:芳幾

改印:子三改


【題材】 滝夜叉姫


【滝夜叉姫伝説】

滝夜叉姫は、平将門の娘とされる人物である。将門は父(平良将)の死後、下総を根拠として勢力を伸ばしたが、遺領問題から伯父の平国香を殺すなど一族の争いである「平将門の乱」が起きる。しかし、藤原秀郷と伯父国香の子である平貞盛らによって討たれた。 そこで、父の恨みを晴らすため、遺志を継いで妖術を用いて天下転覆をはかろうした。『日本説話伝説大事典』『国史大辞典』



【滝夜叉姫の名前】

1. 『今昔物語集』「巻第十七 陸奥國女人、依地蔵助得活語 第廾九」

 (前略)其ノ寺ノ傍ニ一人ノ尼有リ。此レハ平将行ト云ケル者ノ第三ノ女子也。(中略)一人僧ヲ請ジテ、出家シツ、 名ヲバ如蔵ト云フ、心ヲ一ニシテ地蔵菩薩ヲ念ジ奉ル。此ノ故ニ、世ノ人、此ノ尼ヲ地蔵尼君ト云フ。如此クシテ年末ヲ経ル間、年八十ニ餘テ、心不違ズシテ端坐シテ、口ニ念佛ヲ唱ヘ、心ニ地蔵ヲ念ジテ入滅ニケリ。


2. 『元亨釈書』

 如蔵尼は平将門の第三女なり、姿色あり諸家通聘すれども許さず、将門誅に伏するに及んで、遁れて奥州に走る、女元より世情を薄んじ、恵日寺の傍に庵を結んで寡居す。


3. 『前太平記』

 全亡平将門が子共、姉を如蔵尼、弟を平太郎良門と云へり。

4.『関八州繋馬』

 滝夜叉という役名は見えず将門の女胡蝶といふ烈女が現れる。

 天下を傾けん大望を空しく討死した平親王将門の志をついでその遺子将軍太郎良門、妹小蝶は天下をうかがふ。小蝶は源頼光の奥方の侍女となって館へ入り込み形勢をさぐるうち、いつか頼光の弟頼信に恋してその許嫁詠家の前を末弟頼平に取り持って駆け落ちさせる。頼平は途中で良門に脅かされて一味となり、頼信の鞍馬下向を要して討たうとしたが捕はれて乳兄弟の箕田友綱に預けられ、友綱身を殺して頼平の一命を助ける。頼光の四天王等良門を葛城山に攻めて此を亡ぼす。(『歌舞伎細見』)

5.『善知安方忠義伝』

 初めは如月尼として身を修めていたが、筑波山に住む蝦蟇の精霊肉芝仙から、弟の平太郎良門ともども魔気を吹き込まれて変心し、亡父将門同様謀反を企み、相馬の古内裏を巣窟として、仙人から得た蝦蟇の妖術で徒党を集めたが、源頼信臣大宅太郎光国の智謀により陰謀は挫折し、自刃する。


6.『将門』(忍夜恋曲者)

 平将門の居館であった相馬の古御所に妖怪が出ると聞いた源頼信の家臣大宅太郎光国が様子をさぐりにくる。滝夜叉姫が遊女の如月として、登場し、大宅太郎光国を味方に入れようとするが、失敗し妖術を用いて光国に挑む。『歌舞伎名作事典』


【登場人物】

(荒猪丸) 「こヽに又将門の家臣、隅田九郎将真が一子に、同四郎真熊といふ者あり。父将真は将門滅亡の刻、打死し、真熊は其節いまだ幼年にてありしが、為人にて及て、上野国雷電山にかくれ住、獦戸となりてくらしけるが、力量すぐれ武芸に達したれば、仲間の獦戸等おそれて首長と敬ひ、荒猪丸と異名して、皆手下にぞ属しける。」 『善知鳥安方忠義伝』


【源氏香】

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香道の組香の一つ。五種の香を五包ずつ作り、香元がそれら二五包から任意に五包とって(た)き、連衆が聞き分けて、その異同を五包の香に対応した五本線の源氏香の図で表わす。志野流内十組香、御家流中古十組香の一つ。

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【考察】

〔滝夜叉姫の名前について〕

 滝夜叉姫の名前は、諸本によって様々である。しかし、滝夜叉姫という名前は山東京伝作『善知安方忠義伝』に初めて出てくる。この名前に近い作品が『四天王楓江戸粧』(1804年)と『大商蛭子島』(1785年)であり、辰夜叉御前、辰姫という名で、登場する。どちらも、『善知安方忠義伝』(1806年)と成立年代が近いことから「滝夜叉姫」という名前の由来と何らかの影響があったものだと思われる。


〔丑の刻参りとの関係〕

鳥山石燕『今昔画図続百鬼』
三代目豊国 滝夜叉姫
『山東京伝集 善知安方忠義伝』 初代豊国(画)

滝夜叉姫は、松明・剣・鏡・銅鈴を持っている。

『善知安方忠義伝』:「如月尼 百日無言の行を修し 毎夜丑の時 筑波山に のぼり 明神に いのれ」 「かの宇治の橋姫が、貴船にまうでし形成も、かくやとおもふばかりなり。」

『平家物語』屋代本:「長ナル髪ヲ五ニ分テ松ヤネヲヌリ巻上テ五ノ角ヲ作ケリ面ニハ朱ヲサシ身ニハ丹ヲヌリ頭ニハ金輪ヲ頂テ続松三把ニ火ヲ付テ中ヲ口ニクハヘテ夜深人閑テ後大城大路へ走出テ」

長い髪、松明を口にくわえていて夜遅くに丑の刻参りを行っている点では共通だが、丑の刻参りは音を立ててはいけないが、滝夜叉姫は高下駄を踏み鳴らし銅鈴を鳴らして筑波明神へと行く。この点が異なると思われる。

今回の担当した浮世絵は、『善知安方忠義伝』の挿絵(初代豊国)と、丑の刻参りを初めて行ったとされる宇治の橋姫(三代豊国)をモチーフにした浮世絵と非常に似ていることから、絵師である芳幾が両方の絵を参考にして描いたものであると考えられる。



【和歌】

この和歌は、この神垣は目印の杉もないのに、どう間違えて折った榊なのだろうという訳である。 源氏物語の榊の巻で、源氏は六条御息所のもとへ長い間行っていなかった。そのきまずさもあって、会話のきっかけを用意するために榊を用意した。榊をすでに折って準備し、榊の葉の色が変わらないように、私の心もかわらないことを伝えるために神垣を越えてしまったことを述べている。 一方、浮世絵のほうでは神木とされる榊に首をつけることによって、筑波明神に捧げる物として神聖化されていると考えられる。 榊が神聖化されているものとして扱われている点では共通だと思われる。


【参考文献】

『日本説話伝説大事典』 志村有弘・諏訪春雄 勉誠出版 平成12年6月

『今昔物語集三』 校註・山田孝雄、山田忠雄、山田英雄、山田俊雄 岩波書店 昭和40年1月

『元亨釈書』 黒板勝美 吉川弘文館 昭和5年7月

『叢書江戸文庫3 前太平記(上)』 校訂・板垣俊一 国書刊行会 昭和63年2月

『原色浮世絵大百科事典』第4巻 画題ー説話・伝説・戯曲 原色浮世絵大百科事典編集委員会 昭和56年11月  

『歌舞伎細見』 飯塚友一郎 第一書房 昭和8年10月

『歌舞伎名作事典』 金沢康隆 青蛙房 昭和34年9月

『山東京伝集 善知安方忠義伝』 校訂・佐藤深雪 国書刊行会 昭和62年8月  

”げんじ‐こう[:カウ]【源氏香】”, 日本国語大辞典, ジャパンナレッジ (オンラインデータベース), 入手先<http://www.jkn21.com>, (参照 2009-12-02)

『屋代本平家物語 下巻』 佐藤謙三 春田宣 編 桜風社 昭和48年5月

『鶴屋南北全集 第一巻』 郡司正勝 三一書房 1971年9月

『名作歌舞伎全集 第十三巻』 東京創元社 昭和44年6月