005-0384

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東海道五十三対 土山


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[翻刻] 延暦年中奥州安部高丸王命に叛しかは田村将軍追討として駿州清見が関まで赴きしかここに合戦の時清水観音霊験の事あり又鈴鹿山鬼神退治の時も観音の功力にて婦女とけし田村を導き是を討しむその眷属どもに数多矢を放ちたまひ残らず悪鬼を亡にけり

絵師:一勇斎国芳

彫工:不明


【題材】

「田村将軍」が観音の加護により数々の武功を立てたことを書いている。この「田村将軍」は、平安初期の廷臣である坂上田村麻呂のことである。

・坂上田村麻呂(758-811)

平安初期の廷臣。征夷大将軍として東国を平定した。「希代の名将」「毘沙門の化身」として多くの人の尊敬を集め、後世にも模範的武将として崇拝された。伝説も多く伝わり、それらは主に寺院建立譚と東夷平定譚であるが、時代が下るにつれてそれらが組み合わさる形になっている。退治される鬼もどんどん都に近づいており、後年には田村麻呂伝承は神仏の守護による鬼退治譚となった。

【土山について】

東海道五十三次の49番目の宿駅。近くにある鈴鹿峠には古くから関所が設けられ、平安時代には“天下三関”の一つとも言われたが、盗賊の出没も目立ったらしい。坂上田村麻呂の鬼退治伝説が残っており、関連する史跡が多く残っている。

【田村麻呂伝説】

田村麻呂伝説に関係する書物は数多くあるが、その中で本作品と関連のありそうなものを以下に挙げる。

・謡曲「田村」

室町時代初期に成立。世阿弥の作とも伝えられる。

前半では清水寺の来歴と霊験を語り、後半では田村麻呂の鈴鹿山の鬼退治を語る。 帝の勅命を受けた田村麻呂が鈴鹿山に赴き、観音の力を借りて鬼を退治する。鬼の名前は語られておらず、また手助けをする女性も出てこないが、最後の場面で、田村麻呂の軍の上に千手観音が光を放って飛来し、大悲の弓に智恵の矢をはめて鬼神に向けて雨あられと矢を放ち、鬼神が残らず討たれてしまった、という場面は、本作品に描かれているイメージと最も近いものがあり、また文章の最後とも一致する。

・御伽草子『田村の草子』

室町時代中期~後期に成立。室町時代から江戸時代にかけて東北に広く伝播した。

三代の鬼退治譚を書く長編。田村麻呂は天女の鈴鹿御前と契りを結び、その助けを借りて鈴鹿山の大嶽丸という鬼神を討つ。また、高丸という鬼を討つように命じられ、近江から信濃・駿河・奥州まで高丸を追い、鈴鹿御前の助けによりようやく高丸を討ち取る。この作品では田村麻呂は観音、鈴鹿御前は弁財天の化身であったとされている。

・奥浄瑠璃『二代田村』『三代田村』

奥浄瑠璃とは、近世初期から、仙台藩を中心に旧南部領一円(青森・岩手・秋田)にわたって盲人たちが語った古浄瑠璃。鈴鹿山の立烏帽子という天女と契りを結んだ田村麻呂は、その力を借りて高丸という鬼を討つ。また、大竹丸を討って都に平安をもたらす。内容はほとんど『田村の草子』を引き継いだ形になる。

・浄瑠璃『坂上田村麻呂』

紀海音作の浄瑠璃作品。

【考察】

上の文章には高丸追討と鈴鹿山の鬼神退治の二つの話が書かれているが、本作品に描いてあるのは、「土山」という地名と田村麻呂の手助けをしたという女性が描かれていることから、鈴鹿山の鬼退治の一場面である。 薄暗い屋敷でくつろいでいる鬼の傍には華やかな女性がおり、鬼が油断している隙に田村麻呂を引き入れようとしている。上には光を放つ観音が描かれており、女性が観音の力が化したものであることが示されている。 『三代田村』の立烏帽子はときどき現れて助言をするだけなので、この絵はどちらかというと『田村の草子』の、鈴鹿御前自らが大嶽丸を欺き、三本の剣を奪い取る場面を想起しつつ描いているものであると思われる。 田村麻呂に関する書物では、飛行自在の鬼神やその眷属が田村麻呂とぶつかり合う軍記物語としての書き方をされている作品が多い。しかし、この作品では、柱の影から眼光鋭く現れる田村麻呂、肘掛にもたれてまどろんでいる鬼神とその横に立てかけられた巨大な斧、中央の振袖を着た華やかな女性が右上から左下にかけて斜めに配置され、上の観音菩薩やその光など、「田村」のイメージを匂わせてはいるが、芝居の一場面を描いているかのような劇性や緊張感をもって描き出している。

上の文章では「田村将軍」をメインに書いており、観音の化身の女性についてはほとんど言及されていないが、国芳の絵ではどう見ても中央の女性をメインに描いており、田村麻呂や鬼は脇役のような扱いである。 また、観音の力が婦女と化して田村麻呂の手助けをしたとあることについて、上に挙げた作品では、「田村の草子」では鈴鹿御前は弁才天の化身、奥浄瑠璃では天女であり、「田村」では観音が飛来するが婦女と化したという記述はない。当時流布していた田村麻呂に関する伝説に沿ったものであるのか、国芳の解釈によってそう描いたものなのかは不明である。 しかし、国芳がこの女性を観音の化身として描いたことで、この女性のイメージが、作中や伝説にあるような盗賊や魔性の女といったものから、華やかではあるが神聖なものとして受け取られていたことが分かる。この作品では田村麻呂ではなくこの女性が主役なのである。


【参考文献】

『日本説話伝説大事典』2000年、勉誠出版

『日本伝奇伝説大事典』1986年、角川書店

『日本古典文学大辞典』1984年、岩波書店

『お伽草子事典』2002年、東京堂出版

『中世王朝物語・御伽草子事典』2002年、勉誠出版

『郷土資料事典25 滋賀県』1997年、人文社

『新日本古典文学大系37 謡曲百番』「田村」1998年、岩波書店

『室町物語大成』第九「田村の草子」横山重・松本隆信編、1981年、角川書店

『南部叢書』「二代田村・三代田村」1928年、南部叢書刊行会

『紀海音全集』第六巻「坂上田村麻呂」1979年、清文堂

『坂上田村麻呂』高橋崇、1959年、吉川弘文館