衣通姫

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そとおりひめ


画題

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解説

画題辞典

衣通姫は允恭天皇の妃なり、名は弟姫、皇后忍坂大中姫の妹なり、容姿純美光艶衣を徹するものあり、故に時人衣通姫という、初め天皇その美を聞きて皇后をして強ひて之を奉らしむ、姫皇后を恐れて敢て来らず、天皇宮を藤原に作りて此に置きて私に之に幸す、姫天皇を慕ふの歌に曰く「わがせこの来へき宵なりさゝ蟹の 蜘蛛のおこなひ今宵しるしも」、帝之を感じ、返歌を給ふ、歿年明かならず、紀州和歌浦の玉津島明神は媛を祀れる所にして、世に国詩の神と称す、姫を美人の標章として古来画く所少なからず、

東京帝室博物館に窪俊満の筆あり、清野長太郎氏所蔵に廣常筆あり。

(『画題辞典』斎藤隆三)

東洋画題綜覧

衣通姫は允恭天皇の妃、名は弟姫、皇后忍坂大中姫の妹である、容姿美しく、光艶衣を通すといふ処から此の名がある、紀伊国和歌の浦の玉津島明神は、媛を祀たものである、『日本書紀允恭紀』に曰く

天皇即ち皇后に問ひて曰く、奉る娘子は誰ぞ、姓字を知らむと欲すと、皇后已むことを獲ずして奏して言さく、妾の弟名は弟姫容姿絶妙比無し、其の艶色、衣より徹りて晃る是を以て時人号けて衣通郎姫と曰ふ、天皇の志衣通郎姫に存たまへり、故に皇后を強ひて進らしむ(中略)

八年春二月、藤原に幸し、密に衣通郎姫の消息を察たまふ、是の夕、衣通郎姫、天皇を恋ひたてまつりて独り居り、其の天皇の臨ませるを知らずして歌よみて曰く、

わがせこがくべきよひなりささがにのくものおこなひこよひしるしも

天皇是の歌を聆しめして則ち感情有して歌よみて曰く、

ささらがたにしきのひもをときさけてあまたはねずにたゞひとよのみ

明旦、天皇、井の傍の桜の華を見て歌よみて曰く、

はなくはし、さくらのめで、ことめでば、はやくはめです、わがめづるこら。  (黒板勝美訳による)

衣通姫は美しい画題なので、昔からよく画かれてゐる、二三の例を挙ぐ。

土佐光起筆  川崎男爵家旧蔵

窪俊満筆   東京帝室博物館蔵

広当筆    清野長太郎氏蔵

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)