続耳塵集

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ぞくにじんしゅう。

俳優の民屋四郎五郎によって編まれた芸談集。続と銘打つように、金子吉左衛門の『耳塵集』を意識した作品。

初代坂田藤十郎の芸談が収録されている。

安永五(1776)年刊『役者論語』の中に収められている。

本文翻刻

※表題は記入者が任意につけたもの。

山本京右衛門は下がゝりの事をいふ

一 山本京右衛門は下がゝりの事をいふて毎度あたりを取り、坂田藤十郎はいはねばかなはぬ場にても、それを底につゝみて当りをとられたり。元祖三右衛門は見物に、さし合の人も一所にゐ給ふ事有べし。其まへにてけいせい買をして見せる程さし合なる事はなし。狂言なればこそさし合ある人見ても居たまへ、仕内を風流にして、言葉にさし合いはぬはづと申されしよし。

役者の心もち

或人、坂田藤十郎に、切狂言を別に出すときの、役者の心もちはいかにと問ひかれば、初の狂言とは其人が生れかはりたる心にて、切狂言に出べしといひけり。何れ名人の心づかひは格別とみへたり。

女形のやわらかみ

坂田藤十郎説に、女形はやわらかでわるひは、いつぞには能成物也。

長十郎工夫の事

元祖沢村長十郎、狂言に、長持のうちに忍びの者ゐるをしつて、鑓にてつく仕内ありて、長十郎袴のもゝだちとり、思入してつか/\と行、なんのくもなく長持をつきしに、坂田藤十郎其時いふやうは、扨/\長持のつきやう心得がたし。ちと/\工夫せられよといひければ、長十郎工夫して、翌日袴のもゝ立を取、長持の傍へつか/\と行、又跡へ戻り袴もおろし、そろ/\とさし足して長持の傍へより、聞耳をたて、内に忍びゐる様子を考へて、一ト鑓につきければ、藤十郎手を打て、さて/\驚き入たり。後々は其一人たるべしと、ほめられけるとかや。はたして三ヶ津に名人の誉れ高し。

新狂言の相談

凡新狂言相談きはまりて後、一ト場づゝしぐみ立る時、其役人を呼よせ、円居して、せりふを口うつしにおしへ、一旦はゐる時まで立、又小かへしとて再編けいこし、又次を作者せりふ工夫して口うつし立る事也。其座の立者出る場は、其立者狂言を仕組し也。中興狂言趣向むつかしく成てより、執筆頭書せよとてせりふ付のいひ出しを、一くだりづゝ書たり。狂言本とてくわしく書事は、金子一高よりはじまりける也。