梅花氷裂

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梅由兵衛物語前編 梅花氷裂

うめのよしべえものがたりぜんぺん ばいかひょうれつ

作者:山東京伝

画工:歌川豊国

版元:大坂屋半蔵

出版年:文化3(1806)年

巻数:1〜3

ジャンル:読本

補足:後編は為永春水(南仙笑楚満人)作の『梅花春水


梅花氷裂目録

巻上

第一齣 始養玩金魚(はじめてきんぎょをようがんす)

第二齣 嫉女鞭妊婦(しつじょにんぷをむちうつ)

第三齣 怨魂着金魚(えんこんきんぎょにじゃくす)

第四齣 遇妾婦幽霊(しょうふのゆうれいにあう)

第五齣 笛吹雨醸災(うすいのあめわざわいをかもす)


巻中

第六齣 孝児得天幸(こうじてんこうをうる)

第七齣 梅為揺銭樹(うめをようせんじゅとす)

第八齣 剪径扮雪女(せんけいせつじょにふんす)


巻下

第九齣 淫婦苦奇疾(いんぷきしつにくるしむ)

第十齣 片枝枯留香(へんしかれてこうをとどむ)


あらすじ

以下あらすじは『古典文学大事典』による。


貞治六年頃信濃国守護職小串の家臣唐琴浦右衛門は堺の浪人粟野十郎左衛門から明国渡来の金魚を求めて献上し、鎬藤四郎なる名刀を下賜さる。浦右衛門には妻桟との間に子がなく、妾藻の花を召し抱えるが、留守中に桟は旧鳥蓑文太に欺かれて密通し、藻の花を殺す。そのとき藻の花の怨魂は蘭鋳の金魚と変ず。

桟・蓑文太は名刀を盗んで逐電し、弟滝次郎の報により浦右衛門は蓑文太を討ちに出るが、暗夜笛吹(うすい)峠で返り討ちに合い、供をしていた鷺森数右衛門は粟野十郎左衛門に殺される。堺では十郎左衛門の妻沖津が病臥し、孝子長吉は献身的な看病をする。沖津の先夫との間の女子小梅は数右衛門の倅与四兵衛に嫁しているので、小梅と長吉は姉弟ながら敵同士となる。沖津はそれを苦にして病死する。滝次郎は玉骨の刀と氷裂の鏡を小串から与えられ、下僕の袖助を連れて敵討ちに旅立つ。

桟・蓑文太は出羽・越後境の葡萄峠に隠れ、藻の花の怨魂により桟は金魚の状となる奇病に苦しむ。蓑文太は男鹿山の賊を討ち首領となるが、慕って来た桟をなぶり殺しにする。武蔵国柴崎村に住む与四兵衛夫婦は研屋で鎬藤四郎を発見したが、価五十両の工面がつかぬ。小梅のところへ巡礼姿の長吉が来る。互いに姉弟とわかるが名乗らない。長吉は苦難を語り、去る。与四兵衛が帰ると修行者姿の十郎左衛門が訪れ、短刀を腹に突き立てて経緯を語る。藻の花は妹であり、蓑文太と見誤って数右衛門を殺したので与四兵衛に討たれたいとの覚悟である。与四兵衛は十郎左衛門の首を打つかわりに笈を斬ると、血潮にまみれた長吉が転び出る。途中で父と会い、笈の中にひそんでいたのである。すでに手傷を負っている父子は互いにかばい合い、やがて絶命する。長吉の持っていた五十郎は鎬藤四郎を購う費用とするが、買い戻してみると、それは真っ赤な偽物であった。


成立

『梅花氷裂』の述意の中で京伝は、「這稗史は魁らい(らい=石偏+儡のつくり)の謳語を翻案し明の小説水晶燈の説話を混合して新に作まうけたる物語」であると述べている。

現在「水晶燈」は伝わっていないが、清水正男氏の「『梅花氷裂』について」において『小説字彙』にその名が見られることが指摘されており、実在した物語であったということは明らかである。ただし、京伝が実際に「水晶燈」を参照したかどうかは疑わしい(『山東京伝全集』解説)。

京伝が翻案したという「魁らいの謳語」に関しては、その内容から、「梅の由兵衛もの」の作品であることは容易に想像される。諸先行研究では、中でも『茜染野中の隠井』影響が濃いとした上で、他に『隅田春妓女容性』『傾城阿波の鳴門』『苅萱桑門筑紫☆』など多数の作品の影響をうけていることを明らかにしている。作品の構想に関しては、佐藤深雪氏が山東京伝集の解説の中で、『桜姫全伝曙草紙』を展開したものであると指摘している。

京伝自身が後編を出すつもりであったようだが、未刊。『梅の由兵衛紫頭巾』はこの作品を合巻化したもの。

この作品の特徴ともいえる金魚の趣向は『磯馴松金糸腰蓑』でも使われている。


<影響を受けた作品等>

山東京伝全集が指摘する、影響を受けた作品、その内容について記す。


○第一齣〜第三齣

・唐琴浦右衛門の姓名……『茜染野中の隠井』上巻、備前児島藩家臣唐琴浦右衛門から。

・名刀鎬藤四郎の名前……『茜染野中の隠井』上巻、浦右衛門が主君から預かり、妻の兄伴七から盗まれる名刀と同様。

・金魚の説明……『和漢三才図会』金魚の記事に拠る。『本草綱目』『抱朴子』の記事が引かれている。

・浦右衛門が妾を娶る〜藻の花が殺されるまでのくだり……『桜姫全伝曙草紙』一、三。鷺尾義治の正妻野分が妾玉琴の妊娠を知っても動じないと見せかけ、夫の不在の間に家臣兵藤太に命じて玉琴を惨殺させる筋の利用。(小池藤五郎)


○第五齣 

・鷺森数右衛門の名前……『茜染野中の隠井』上巻、浦右衛門の若党梅渋由兵衛が数右衛門と名乗っていたところから。


○第六齣 

・孝行ものの長吉が蘭鑄を得、七十両で売る……『二十四孝』からの発想か。


○第八齣 剪径扮雪女

・葡萄峠の描写、旅人が谷をすべり落ちる趣向……橘南谿『東遊記』後編一、「葡萄嶺雪に歩す」による。文章をそのまま取り入れた箇所も少なくない。

・蓑文太が雪女に扮して金品を奪う……同一の趣向が、『本朝桜陰比事』三「井戸は則末期の水」や『通俗孝粛伝』二「阿弥陀仏講和」が見られる。ただし、曲亭馬琴『隅田川梅柳新書』三・七にも同様の趣向があり、これをとりいれた可能性のではないか。『隅田川梅柳新書』が文化三年に成稿し、文化四年に出版されているなど、『梅花氷裂』と時期が近いこと、版元の鶴屋が『隅田川梅柳新書』と『梅花氷裂』両方の出版に関わっていることがその理由である。『隅田川梅柳新書』の趣向は、美女亀鞠が幽霊に扮して池畔に現れ、通行人を驚かせその金品を父に奪わせるというものである。  

・響洋武と桟が囲炉裏の火の光でお互いを再認識するくだり……『苅萱桑門筑紫☆』第四、与次の家の囲炉裏の火で与次と女之助が先程斬り結んだ相手とお互いに再認識する趣向から。


○第九齣 

・蓑文太がなぶり殺しにした桟の手が、美女の髻を掴んでいるくだり……『復讐奇談安積沼』第七条(死んだ小平次の手が、なおも安達左九郎の手首を握っている)、『優曇華物語』第五段(死んだ老婆の片手が、修行者の手首を掴んでいる)などを利用したもの。山東京伝全集では、この趣向を取り入れるのは三度目としている。


○第十齣 

・再会した長吉に小梅は正体を明かさず、そのまま返してしまうくだり……『苅萱桑門筑紫☆』五、高野山での石堂丸と苅萱の場面を利用したもの。従来は『傾城阿波の鳴門』八段目を利用したものと考えられてきたが、「苅萱法師の石堂をおひかへしたる古もかくありつらめ」と京伝自身が書いているため、『苅萱桑門筑紫☆』を直接のソースとすべきであろう。

・与四兵衛が笈を斬る〜瀕死の長吉が、名刀を買う為自身の五十両を与える下り……『茜染野中の隠井』下巻、名刀を買う金欲しさに与四兵衛は長吉を殺すが、実は姉夫婦の難儀を知った長吉が、主人の金を盗み、殺される覚悟で来ていたという筋を改めたもの。

後編予告について

前篇下巻には、後編の予告がいくつか載せられており、京伝がかなりはっきりした続きの構想を持っていたことが伺える。また、実際に後編を執筆した為永春水が、かなり忠実にこの構想に従っていることが理解できる。

○第九齣

これより桟が首生けるがごとくにて、蓑文太が眼にさへぎり、他人の目には見えざれども、しばしのあひだもはなれさらず。そのうへ奇病にまとはれ、総身腐りて大いに苦しみけるが、一旦氷姿鏡の霊験によりて病治し、つひに唐琴滝次郎梅之与四兵衛等に打るゝ事のゆゑよしは、後編に詳なり。


○第十齣

此末桟が悪霊蓑文太にとりつきて恨みをむくゆる事、蓑文太癩病をやみて無限の苦みをうくる事、小梅出産の事、玉骨刀、氷姿鏡の霊験あること、与四兵衛が家の梅奇特ある事、与四兵衛夫婦刀を尋る為に千辛万苦し、滝次郎に力を合せてつひに蓑文太を打事、絶海禅師の教化によりて藻の花の霊成仏得脱の事、滝次郎、与四兵衛夫婦、忠孝貞節の功徳によりて立身出世の事、葛飾郡小梅村堀の来由のたぐひは、後編三冊に記して詳らかなり。初兌の時を待得て見るべし。