東の花勝見

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あずまのはなかつみ


五代目市川団十郎白猿、向島隠宅反古庵にて日々の楽はたゞ筆を取てそこはかとなく反古の裏へ書つゞりて、気のあふれたる風雅の友へ是を与ふ。予も品々貰て所持す。其内に自らすさみ草と名付し本有。其中より芝居に付たる事四ヶ条見当りしを、文も其儘に左に著ぬ。

一、或人来て言、こなたには舞台の芸を大まかになさるゝゆへ、大まかな事を団十郎芸者と申が、ちとこんたんを被成、細かい事も工夫してごらうぜぬかやと言れし時、予答て言、我等下根多病にして、心を労する事一向ならざる故、若き頃よりこんたんをすてゝいたさず。乍去、壮年の砌より只一つ工夫する事有。平の清盛になり、日を招き返す狂言をせば、此せりふ如何言べきやと、此事計り考居れ共、五十一年が間此工夫ひらけず候。日輪暫く止り給へといはゞ慇懃に成て清盛が弱クなるべし。日輪しばらくとゞまれといはゞ、存在過て人柄悪かるべし。今に此工夫開ず。是より外にこんたん工夫したる事なし。六ヶ敷所は、路考杜若新車錦升などに談合して教へて貰へば事は足故、当年五十一才迄こんたんは致さぬと言聞せければ、大笑して帰りけり。

一、