日吉山王

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ひえさんおう


画題

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解説

画題辞典

日吉山王は今の近江日吉神社の旧称なり、延暦の昔最澄の比叡山に延暦寺を創建するに当りて、唐の天台山国清寺に山王祠あるに准じ、天台一宗の守護神として、大三輪神を祭りて大比叡神と称し、古来より在る日吉神と共に合称して日吉山王とはいひしなり、元来僧家の私号ながら、山門の勢力の張らるゝと共に一般の称となりしものなり、後三条天皇を初めとして歴代行幸あり、僧徒の訴ふる事ある毎に、その神輿を奉じて京都に逼りしことは史上に名高き事実となす、近江百済寺に日吉山王像あり、近江西教寺に山王諸神像あり、共に国宝なり。大和連華寺に山王霊験記二巻あり亦国宝なり。

(『画題辞典』斎藤隆三)

東洋画題綜覧

又日吉〈ひえ〉山王に作る山王権現とも曰ふ、近江国坂本村の西、比叡山の麓に在る、横川谷の水、祠前を過ぐ、即ち大宮川である、此神は延暦寺建立以後僧徒の奉ずる処となり、地主に在す故に山王と号した、平安京の時、山門の寺僧事あれば毎に神輿を挙げて公家に逼る、之を神輿振といふ、京都の人々の懼るゝ所であつた、元亀二年織田信長、山徒の横暴を憎み、寺中に放火し山王に及ぶ、天正十九年豊臣氏再興、明治維新の際山王権現の号を除かれ、官幣大社に列せられた。

さんのうまつり「山王祭」の項参照。

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)