平井保昌

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ひらいやすまさ


画題

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解説

(分類:武者)

画題辞典

平井保昌、姓は藤原、致忠が子なり。右馬權守となる、膽智勇決にして膂力人に勝れ、武芸に逹し、その甥源頼信等と名を等うす、その當時の巨盗袴垂と深夜街上に會し従容常の如くにして却つて袴垂をして惶怖せしめし事は有名なる逸話にして、屢々図に描かるゝ所なり、(袴垂)の條を見るべし、保昌長元九年七十九歳を以て卒す。

(『画題辞典』斎藤隆三)

東洋画題綜覧

藤原保昌ともいふ、歌人、大納言元方の孫で、父を致忠と云ふ、摂津平井の里に居るので平井氏と称す、保昌人となり胆智勇決、膂力人に過ぎ武芸に精通し和歌をよくす、左馬頭となり丹後、大和、摂津守を歴任し四位に至る、保昌丹後に赴く路、与謝山を過ぐるに、一老人の馬に騎り笠を戴き樹下に倚つてゐる者がある、従者が馬から下さうとすると、保昌これを止め、彼の老人の鞍や轡を見るに常人では無い必らず一騎当千の士であらうと、偶々平致経に逢ふ、致経の曰ふ、公、途中にて一老人に見たる乎、是我父五大夫である、田舎の翁礼法にうとし失礼を宥せと、既にして去る、保昌従者を顧みて、汝等の言に従つて辱めたなら悔何ぞ及ばんと、ある冬の夜、兇賊袴垂保輔に出逢ひ、保輔をして慴伏せしめたことは『今昔物語』にある。

保昌笛を吹いて野を過ぎ、袴垂の尾行するところ、古来好画題としてよく画かる。

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)