のろま人形

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のろまにんぎょう


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歌舞伎

江戸時代初期の人形浄瑠璃劇は、狂言の間に人形遣いが一人でセリフを言いながら、のろま人形という道化人形をつかって見物を笑わせたが、これは江戸の野呂松勘兵衛がはじめたといわれる。 この人形は、正徳五年(1715)に「国性爺合戦」が上演された時から操浄瑠璃劇に使われなくなり、その後はお座敷芸として明治ころまで東京に残っていたが、今では佐波に「木之助人形」といわれて行われている。