国性爺合戦

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こくせんやかっせん


歌舞伎

浄瑠璃、五段、時代物近松門左衛門 作。1715年(正徳5年)11月 大坂竹本座初演。 正保頃明朝より亡命した鄭芝竜(ていしりゅう)が、日本人を母にもつその子成功(せいこう)と共に明朝回復に活躍、成功が台湾で清朝と対抗していた時代にこれを脚色したもので、当時の人々に歓迎され、一年七カ月に及ぶ長期公演を行った。今日では三段目「獅子ケ城」(楼門、甘輝館)が多く上演される。 日本へ亡命していた和藤内は祖国・明が韃靼(だったん)に滅ぼされたことを知り、父の老一官(ろういっかん)や母と共に明朝回復のために祖国に渡り、獅子ケ城に拠る甘輝に援助を求める。甘輝の妻錦祥女は一官の先妻の子なので、甘輝は妻の縁にひかされて味方することをいさぎよしとしないが、錦祥女と和藤内の母との貞烈な死に動かされて、和藤内と同盟を結ぶ。老一官の子・和藤内(わとうない)は、国性爺(こくせんや)と名を改め、母親は、日本の女としての義理を果すために自害。そして、明国回復の戦いに出発するのであった。 題材の新奇、構想の雄大、人物の配合、文章の妙など近松作品中の傑作である。